疑心暗鬼との付き合い方 | ある女の愛と毒の標本

疑心暗鬼との付き合い方

私は時々自分でも恐ろしいほどに疑心暗鬼という精神世界に迷い込む。
それは大体に置いて男に対して感じる。
自分の付き合っている男に対して自己防衛を働かせていることを
その時こそは痛感する。
普段は忘れている、または信じているつもりでいる自分を
その時こそは呆気なく否定する。

そしてせっせとぐるぐる頭の中で
いろいろな想像を始めてしまう。
まるで暇な人間なんだけど
本人にとってその時間は限りなく
重要で重大な気がしてくるから不思議。

きっといろんなことを想像しては
一億万歩譲ってもしもその想像が的中したら
慌てないように損しないように自分が優位に立てるように
用意周到な作戦を組み立てている気もする。

そういう時の私にとっては

人を愛するってことは
その人を信じるってこと★


なんて理想論はどうでもよくむしろ
「うるせーっ」て感じであって
即座に内に篭もる
毛布を被ってあったかい、ならいいんだけど
そりゃもうさむいさむい。

だからそういう時って
ものすごくせつなくてかなしくて
つらくてむなしくて
一人ぼっちなんだ。

一人ぼっちでどこかちょうど良いんだけど
どこかさみしいんだ。
微妙なんですよ、ここ。

で、そこから更に落ちて落ちて落ちると
「私はヒロイン!」という極限まで達し
一人演技よろしく立ち直るのだ。
正確にいうと、立ち直った気がするのだ。

その繰り返しで
進歩という進歩は今の所まるでなく
進歩するんか?!と疑問にさえ感じる。(多分進歩はない。)

これは持論なんだけど
人間は基本的に弱い人間であり
それが美しさに結びつくと私は思っているんだけど
泣きたい時に無様なほどに泣いている人を見ると
あまりに正直で面倒臭いやつだなぁと
どこかで「ああなりたくない」と思いつつも
羨ましくもある。

だから私はこの数年の上で疑心暗鬼と仲良く
共同生活をする上での策を編み出した。

のた打ち回りながら楽しむのだ。

楽しんで楽しんで明日にはなるべく
忘れたふりをする。
これを現実逃避という人もいた。
でもこうでもしなければ私は疑心暗鬼に飲み込まれ
誰も本気で信じられなくなりそうなんだ。

でも、
こういう自分自身を冷静に
客観的に
どこかで
自分自身が見てる。
その視線を感じる。

数ヶ月、あるいは一ヶ月に一度訪れる
私の心を揺さぶるのは
この気持ちの理由は
あなたではなくきっと
私自身にあるんだって。

でもさぁ、
そんなこともうとっくの昔に知ってるよ。