「ばくら(場暗)」。場(ば)に、情況に、暗い(情況が見えず適確な判断ができない)ということ。自分が今どのような情況にあるのかに関し闇の中にいるような状態になっていながら本人にはその自覚がないわけです。一般的に言えば、理性的判断、知的判断に問題がある、という意味になる。当初は単独で言われたわけではなく、場暗(ばくら)大将→ばか大将、というような言い方が、たぶん武将の中で、言われたものでしょう。ばか大将は、情況が読めず適確な指示を出せず合戦を惨憺たる状態にし多くの者を死なせるような大将。一般的には、「ばくらもの(場暗者)→ばかもの」といった言い方になる。「馬嫁 バカ 狼藉義也 破家 同」(『(天正本)節用集』(明応五(1496)年))。表記は「馬鹿」のほか「莫迦」「母嫁」「馬嫁」などもある。「破家」という表記に関しては、そうした漢語表現は(中国で)古くから一般的にあるわけであり(たとえば「悪婦破家(悪婦は家内を不和にする)」)、それが語源と考えることは誤っている(語源を家を破ることに求める人もいますが「ばか(馬鹿)」はそういう意味ではない(※))。語源にかんしては、サンスクリット語(梵語)だという人もいる。

※ 「破家(ホージャ)」の21世紀中国語の一般的な意味は、貧乏な家。

「和理は其躰の馬鹿の者にて候す」(『神道集』(1300年代後半?))。「『此比(このころ)洛中にて、頼遠などを(馬から)下(おろ)すべき者は覚ぬ者を、(おりよと)云は如何なる馬鹿者ぞ。…』と訇(ののし)りければ、前駈(セング)御随身(ズヰシン)馳散(はせちっ)て声声に、『如何なる田舎人(ゐなかふど)なれば加様に狼籍をば行跡(ふるまふ)ぞ。院の御幸にて有ぞ』と呼(よばは)りければ…」(『太平記』「土岐頼遠参合御幸致狼籍事付雲客下車事」)。「かゝる処に、如何なる推参の馬鹿者にてか有けん」(『太平記』「本間孫四郎遠矢事」)。こうした『神道集』『太平記』(1400年代後半成立)に現れるそれが文献における「ばか」の初見であり、それは「ばか」ではなく「ばかもの」。

「馬鹿 バカ 或作母嫁 馬嫁 破家 共狼藉之義也」(『雑字類書』(室町中期):「狼藉ラウゼキ」は無秩序、非道、無法、無礼)。

「馬嫁 バカ  破嫁 バカ 狼藉」(『節用集』(室町末期))。

「短『病目(やみめ)で目の赤い内はどうだらう』 長『馬鹿ァ云(い)やな』」「『…世の中は化物(ばけもの)は怖(こを)ないが、馬鹿ものが怖(こは)いといふ』」(「滑稽本」『浮世床』)。

「癡(痴)人 バカ アホウ 白癡(痴) 知短〓鈍根 呆子」(『雑字類編』(1824年):「〓」は「氵」(サンズイ)に「菓」のような字)。

「馬鹿騒ぎ」(理性的コントロールや抑制のない騒ぎ)。「馬鹿力」(理性的コントロールや抑制のない力)。「馬鹿正直」(理性的コントロールや抑制のない正直さ)。「今日はばかに陽気がいい」(理性的期待なく容器がいい)。

「人をばかにする」は、「人をばかは(馬鹿端)にする」でしょう。「は(端)」は、取るに足らないはしくれ。人をそのような者として待遇すること。「人を馬鹿にする」という表現は別に可能です。たとえば「あの人教えは一見賢(かしこ)そうだが、人を馬鹿にする(知的能力の劣ったものにする)」。「『…お前さんがそんな事をおつしやるから、あれが私を馬鹿にして、いふ事をききません』」(「滑稽本」『浮世風呂』)。