◎「たにぐく(谷蟇)」

「たに」は地形の「谷(たに)」ですが、「くく」は「くけひひ(潜け響)」。「くけ(潜け)」は「くき(潜き)」の他動表現。意味は、潜(もぐ)らせることと。「ひひ(響)」は「ひひき(響き)」のそれであり、浸透的影響感を表現し、この場合は音響によるそれを表現する。「たにくく(谷くく)」は、谷底の、谷における、潜(もぐ)らせた、どこかへ潜ったような、響(ひび)き、であり、そうした、響きを返す精霊のようなものが考えられたのでしょう。山彦(やまびこ)の谷版のようなものです。

谷にその鳴声を響かせることも影響しているノかもしれませんが、この「たにぐく」は、「谷蟇」などとも書かれ、一般に、ヒキガエル(蟇蛙)のことだと言われている。しかし、その印象で「たにぐく」が語られたり描かれたりしたとしても、その本質は山彦のようなものです。

「爾(ここに)たにぐく(多邇具久)白(まを)しつらく」(『古事記』:誰もがある神の名がわからずにいたとき、「たにぐく(多邇具久)」が、それは「くえびこ」が必ず知っている、と言ったという)。

「山彦(やまびこ)の応(こた)へむ極み 谷潜(たにぐく)の さ渡る極み」(万971)。

 

◎「たにし(田螺)」

「たにし(田辛螺)」。田に居る「にし(辛螺)」の意。「にし(辛螺)」(意味は、小さな巻貝(その総称)はその項参照。貝の一種の名。古くは「たつび」とも言う。

「田螺 タニシ タツブ」(『書言字考節用集』)。

 

◎「たぬき(狸)」

「たはねいき(たは寝生き)」。「たは」は呆れたような心情を表現する発声(「たはけ(呆気)」の「たは」)。「たはねいき(たは寝生き)→たぬき」は、呆れ果てた寝(ね)で、眠りで、生きるもの、のような意ですが、これは動物名であり、この動物は強い衝撃を受けると仮死状態(擬死とも言われる)になる(いわゆる、狸寝入り。擬死の習性は穴熊(あなぐま)にもある)。たとえば猟師が鉄砲を撃つとその銃声のショックでそうなる。死んだと思って運んでいると、突然覚醒し逃げる。そうした習性による名であり、そういう動物だぞ、という警告も込められた名。この動物は穴熊(あなぐま)と混同されつつ「まみ」とも言う(地名・狸穴(まみあな)の「まみ」)。「まみ」は「まるみみ(丸耳)」の音変化。この動物(たぬき)は耳が丸い。「むじな」と言われることもありますが、この語は本来は穴熊(あなぐま)の別名。タヌキ、マミ、アナグマ、ムジナ、という語に関しては、それがその地、そのとき、どの動物をさしているかにかんしては混乱がある。「狸汁(たぬきじる)」はアナグマの肉によると言われる。「狸蕎麦(たぬきそば)」は、入れる揚げ玉をタヌキに見立てたということでしょうし、狐蕎麦(きつねそば)があるからタヌキも、ということでもあるでしょう。

「狸 ……太奴木(たぬき) 搏鳥爲粮」「貉 ……漢語抄云無之奈(むじな) 以狐而善睡者也」(『和名類聚鈔』:狸(たぬき)は鳥を食い、貉(むじな)はよく睡(ね)ると書かれている。これは相当に不正確な情報)。

「ひじり(聖)なれど無智なればかやうにばかされける也。猟師なれどもおもんぱかり(慮)ありければたぬきを射害(いころし)、其ばけ(化け)をあらはしける也」(『宇治拾遺物語』)。