「たへああなくも(妙ああな雲)」。「たへ(妙)」はその項参照。意味は、神秘的な何かや美しい感銘をうける何かであること。「ああ」は感動発声。「な」は、完了の助動詞として現れている「ぬ」がA音化しているものであり、「うなばら(海な原)」「みなと(水な門:港)」その他にあるそれであり、認了情況を表現する。「AなB」はAと認了される情況にあるBです。すなわち「たへああなくも(妙な雲)→たなぐも」は、妙(たへ)の情況にある雲、妙(たへ)なる雲、神秘的な美しい感銘をうける雲。その美しさや神秘感により陶酔が起こる。これは『古事記』の「天孫降臨」の部分にある表現(「天之八重多那雲」。『古事記』にあるその「天之八重多那雲」を押し分けて降臨がある)ですが、この「たなぐも」は建具にもなる「たな(棚)」(その項)や、同じくその「たな(棚)」に関連付けられて考えられることの多い「たなぐもり(たな雲り)」(その項)、に関連付けられて考えられることが多い。しかし、それは棚(たな)のように空一面を覆った雲ということなのであろうけれど、天孫降臨の叙述に建具にもなるものの名が現れることは、八重の棚のような雲を押し分けて降臨することも、不自然に思われる。
「天(あま)の石位(いはくら)を離(はな)れ、天(あま)の八重(やへ)たなぐもをおしわけて、稜威(いつ)の道(ち)別(わ)き道(ち)別(わ)きて…」(『古事記』)。