◎「ただむき(腕)」

「ただまゆき(直間ゆき)」。「ゆき」は「行き」ですが、直線的進行→その程度→長さ、を表現する。和裁でも背の中心から袖口までの長さを「ゆき(裄)」という。「ただまゆき(直間ゆき)」は、人と人とが「ただ」(直接:「ただ(直・唯・只)」はその項)にあると言い得る「ま(間)」の限界的長さ。直(ただ)間(ま)行(ゆ)き、「ただま(直間)」の「ゆき(行き)」、はそれを表現するのが腕(うで)だということ。「ただむき」は身体の一部たる腕(うで)を意味する。元来はその詩的表現とでもいうようなものでしょう。腕を限界までのばしたときまでが人と人とが「ただ(直)」の関係にあり、腕が離れてしまったとき、届かないとき、人は「ただ」の関係にはない、ということです。

「栲綱(たくづの)の 白き腕(ただむき:多陀牟岐) あわ雪の 若やる胸を…」(『古事記』歌謡4)。

「腕 ………和名太々無岐 一云宇天 手腕也」(『和名類聚鈔』)。

 

◎「ただよひ(漂ひ)」(動詞)

「ただあえおひ(ただ落え追ひ)」。「ただ」は「ただ(直・唯・只)」の項参照。この「ただ」は、「ただそれ」のようになにごとかを限定し、他の動態は何ら介在せず、の意。その動態だけがある。「ただあえおひ(ただ落え追ひ)」は、ただ自由落下が目的であるような動態になること。落ち崩れていくような不安定な状態になること。

「次に国(くに)稚(わか)くして浮(う)きし脂(あぶら)の如(ごと)くして海月(くらげ)なす漂(ただよ)へる(多陀用弊流)時(とき)…」(『古事記』)。

「青き色紙一重ねに、いと草がちに、いかれる手(て:文字の書き方)の、その筋とも見えず(この字はこの筋と明瞭になっているものでもなく)、ただよひたる書きざま、し文字長に、わりなくゆゑばめり」(『源氏物語』:「いかれる手」は、万2627の「笑(ゑ)みみいかりみ」にあるような「いかり」であり、気負いこんでいる、といことでしょう)。

 

◎「たたら(蹈鞴)」

「たてはら(立て腹)」。(革張りの)吸気が入る部分を「はら(腹)」と表現し、それを地面に(その運動方向を「たて(縦)」として)「たて(立て)」たもの、の意。燃焼を煽るために空気を送り込む送風装置を言い、足で踏み空気の出し入れを促す。手で押し開きするものは「ふいご(鞴)」。

「又(また)姬蹈鞴五十鈴姬命(ひめたたらいすずひめのみこと)……蹈鞴、此云多多羅(たたら)」(『日本書紀』)。

「蹈鞴 ………太々羅」「鞴 ………鞴袋布岐加波………野王案鞴所以吹冶火令熾之囊也」(『和名類聚鈔』:「野王」は中国の書『玉篇』の編纂者・顧野王)。