「そば(背葉)」。「そ」は「そ(背)」の項(7月4日)。交互に逆向きに(背向きに)互生する葉の印象による名。これはその実の、そしてそこから製した食品の、名にもなっている。草性植物の一種の名。

古くは「そばむぎ(蕎麦)」とも言い、「くろむぎ(黒麦)」とも言った。実が麦(むぎ)として扱われたということ。

この実は粉末状にし食用としますが、古くはそれに湯を加えて練り、固まり状にする、いわゆる「そばがき(蕎麦掻)」や「そばもち(蕎麦餅)」にしてこれを食した(もちろん、米や麦のように、実をそのまま食しもしたでしょう)。その粉を練り、面状にし、線状に切る、いわゆる「そばきり(蕎麦切り)」(のちにはこれが一般に「そば(蕎麦)」と言われるようになる)がいつごろおこなわれるようになったかは明瞭ではありませんが、江戸時代の少し前、戦国時代の末期にはある。

「てうちそば(手打ち蕎麦)」という語があり、これは、一般に、機械製麺ではなく、手作りの蕎麦、と言われる。しかし、この語は元来はそういう意味ではないでしょう。「ちやぼ『食ふといへば、なんぞ食ひたくなつた』 びん『新見世の手打蕎麦が出来た』」(『浮世床』(1813-4年))といった表現があるように、「てうちそば」という語は機械製麺が始まる前からある。この語は蕎麦はすべて手で作られていた時代からある(※)。思うに、「西方(西方浄土)へ其儘(そのまま)至る手打ち蕎麦 松井  口をあけたる山のはの月 正友」(「俳諧」『談林三百韻』(1676年):あまりに美味(うま)くて浄土へいきそう)、といった俳諧がありますが、この語は、手打ち(目下の者などを成敗として斬る)→側斬(そばき)り(側の者を斬る)・蕎麦切り(蕎麦掻(そばがき)ではなく、麺状にした蕎麦)、という言語遊戯であり、殺されそうなほどうまいという、蕎麦の、一種の(戯称たる)美称として言われ、「てうち」も製麺の美語のように言われ(蕎麦を心をこめて作ること)、やがて、手回し式の、さらにはモーターによる電動の、製麺が一般化するにつれ、手作りや手作りの蕎麦を意味するようになっていったということでしょう。「此中百性共が新そばのこ(粉)をくれた、てうちをいたしてしんぜふうと」(「歌舞伎」『吉田兼好鹿巻筆』(1699年))。

※手回し式の自動製麺機は明治9(1876)年ころに佐賀の真崎照郷(てるさと)が発明したといわれる。                                                                                                                                                                                

「蕎麦 ………和名曾波牟岐 一云久呂無木 性寒者也」(『和名類聚鈔』)。