「しる」は「しれゐ(知れ居)」。「しれ(知れ)」(その項)は「しり(知り)」の客観的に対象化した主体を動態の主体とする自動表現。知る内容(ものやこと)に視点をおけば、それは知られる(そのものやことは知られる→「事が知れ渡る」)。「しれゐ(知れ居)→しる」において「ゐ(居)」に、在(あ)り、に、なるのは、知られ、によって、在り、になるのは、そのものやことです。語尾の「し」は動詞連用形の「し(為)」。意味は、為(す)ること。すなわち、知られによってなんらかのものやことを、在(あ)り、にすること、そうするものやこと、それが「しれゐし(知れ居為)→しるし」。有りになるなにかは、事実上、無限にあるわけですが、それに応じて「しるし」の漢字表記もさまざまある。最も一般的には「印」。その他、それが天皇たる地位であれば「璽」、これから起こるであろうことの兆候や前ぶれであれば「徴」や「表」、効果、とりわけ霊や呪(まじな)いなどによる効果であれば「験」、とも書き、その他「標」「目」(それを見るから)「証」「旗」「節」といった書き方その他がある。
動詞「しるし(記し)」は「しるし(印・徴・験…)」の動詞化。意味は、「しるし(印・徴・験…)」が現れ、それにより、その「しるし(印・徴・験…)」によって知られるなにものかやなにごとかが知られること、あるいは、「しるし(印・徴・験…)」を現しその「しるし(印・徴・験…)」によって知られるなにものかやなにごとかが知られるべく努力すること。
「大江殿といひける所は、いたく荒れて、 松ばかりぞしるしなりける」(『源氏物語』)。
「引間野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら))入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに」(万57:「はり(榛)」に関してはその項)。
「験(しるし)なきものを思はずは一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし」(万338)。
「…永(なが)き代(よ)に しるし(標)にせむと 遠き代(よ)に 語り継がむと 處女墓(をとめづか)中に造り置き…」(万1809)。
「『「吾(あ)は異(け)しき夢(いめ)見(み)つ。…………此(かく)の夢(いめ)、是(これ)何(なに)の表(しるし)にかあらむ。」』」(『古事記』)。
「御璽箱 ミシルシノハコ 御靈體(ゴレイタイ)ヲ封(フウ)ジ奉ル箱(ハコ)ナリ」 (『神道名目類聚抄』:「御靈體(ゴレイタイ)」は一般に「御神体」と表現されますが、ここでは「霊(靈)」になっている。神の魂(たましひ)のようなものが考えられているのでしょう)。
「新しき年の初めに豊(とよ)の年しるす(思流須)とならし雪の降れるは」(万3925:動詞。雪があらかじめ豊年を知らせる兆しとなる)。
「このころの我が恋力(こひぢから)記(しる)し集め功(クウ)に申(まを)さば五位(ゴヰ)の冠(かがふり)」(万3858:動詞。「功(コウ・ク・クウ)」は手柄(てがら)、なしとげた成果。ここではそれが社会的な地位として表現されている。「功 コウ クウ」(『類聚名義抄』)。「しるし」はここでは「恋力」のなしとげたことが知られる痕跡を現す。痕跡は板に傷をつける、石をならべる、といったことでもよいわけですが、それは他者には知らせる一般的効果はない。もっとも一般的には文字を現す。ここでは冠(かがふり)を示す巻物などに作者が自分で「五位」と書くのでしょう。五位になることは「叙爵(ジョシャク)」と言い、古代律令下においては六位と五位では決定的な違いがあった。それは下級官から高級官になることを意味した)。