◎「しりぞき(退き)」(動詞)

「しり(尻・後)」は進行最終部を意味する(→「しり(尻・後)」の項・1月29日)。「そき(退き)」は対象に対する反対向き・逆向きの動態になること(その項)。「しり(尻・後)そき(退き)→しりそき」、すなわち、進行最終部が逆の動態になる、とは、進行最終部がそのまま進行最始部になる。すなわち、それまで前進していたものがある点で体勢はそのまま逆方向へ進む、すなわち体勢はそのまま後退する。物的・空間的にも言いますが、心情的にも言い、心情的にしりぞけば遠慮する。社会的にしりぞけば、たとえば、官をしりぞく、は辞職する。

「是(ここ)に、古人大兄(ふるひとのおほえ)、座(しきゐ)を避(さ)りて逡巡(しりぞ)きて、手(て)を拱(つく)りて辭(いな)びて曰(まを)さく。『……』」(『日本書紀』:後ろへ下がった)。

「あなない(ひ)をこぼちて、人みな退(しりぞ)きて…」(『竹取物語』:足場は毀し、人はみな後ろへさがり)。

「退(しりぞ)きて咎(とが)なしと こそ、昔のさかしき人も言ひ置きけれ」(『源氏物語』:へりくだり遠慮する、のような意)。

◎「しりぞけ(退け)」(動詞動)

「しりぞき(退き)」の他動表現。退(しりぞ)く動態・状態にすること。

 

◎「しる(汁)」

「すひいれゐ(吸ひ入れ居)」。たとえば、花の吸(す)ひ入(い)れ居(ゐ)に染め、と言った場合、その方法はたとえば花に布を当てこれを石などで叩くなどし、その布は花からなにかを吸い入れ布に花が居る(存在する)、という状態になる。これが、花のしるに染め、となり、「しる」が、花から吸われて布に入る、花から出て布に入る、花がそこにあると言いうる花たる成分を含むもの、事実上液体、を意味することになる。そしてこの語が、A(植物であれ、動物であれ、さらには腫(できもの)であれ)から出る、あるいはAから意図的に出される、Aたる質を帯びた液体を意味するようになる。Aを煮、Aから成分を浸出させた湯も「しる」です。煮た場合の「しる」は、ほとんどの場合、食用で言われる。

「…染木(そめき)が汁(しる:斯流)に 染(し)め衣(ころも)を まつぶさに 取(と)り装(よそ)ひ…」(『古事記』歌謡5)。

「粥 ……………和名之留加由 薄糜也」(『和名類聚鈔』飲食部)。「膿 …………又云宇美之留 瘡汁也…」(『和名類聚鈔』形體部)。

「『これが(これの)汁(しる)啜(すす)れ』など、愛して(旨い旨いと気に入って)食ひけるほどに大きなる骨(ほね)喉(のど)に立てて…」(『宇治拾遺物語』)。

「味噌汁(みそしる)」。