「しへいひ(為へ言ひ)」。「へいひ」が「ふひ」のような音を経、「ひ」になっている。「し(為)」は動感進行を表現する。「へ」は目的の存在感のある方向感のある助詞(→「へ(助)」の項)。動感進行への、目的の存在感のある、方向感のある「いひ(言ひ)」です。そのように動かなければならない、そうしなければならない、そうする必然性のある、「いひ(言ひ)」―それが「しへいひ(為へ言ひ)→しひ」。その必然性が自然の摂理である場合、その「いひ(言ひ)」は自然や宇宙の声であり、神の声であり、それは絶対です。これが太古の昔と言っていい時代の「しひ」の原意でしょう(→「し(助・副助詞)」の項(8月27日)参照)。その「いひ(言ひ)」が、「しひ」を利用した、人に対する人の願望や欲の現れである場合、それは強制です。強(し)いられた者はその意思にかかわらず他者の「いひ(言ひ)」として伝えられた他者意思を遂行する。他者がその意図に関し不知・無自覚であれば、(とりわけ意図的に)誤情報に従わせ、騙(だま)す、という意味にもなり、その誤情報は人を謗(そし)り貶(おとし)めるものであったりする(「誣(し)ひ」)。
この動詞は上二段活用。否定形は、「しはず」(四段活用)ではなく、「しひず」。已然形は、「しへども」(四段活用)ではなく、「しふれども」。
「いなと言へど強(し)ふる志斐(しひ:人名)のが強語(しひがたり)…」(万236)。
「否(いな)と言はばしひめや吾が背…」(万679:あなたの思いが『否』なら強いたりはしない)。
「Xij(シイ), iru(イル), ijta(イタ). Persuadir com instancia como a beber(飲酒などで説得する), &c. Vt, Saqeuo xijru(サケヲ シイル). Persuadir a beber(飲むことを説得する).」(『日葡辞書』:「Persuadir」(原文はロングエス)は英語ならpersuadeでしょう。これは説得し納得させたり確信させたりすることですが、「しひ(強ひ)」は意思にかかわらずそうせざるを得ない状態にすることであり、英語で言えばむしろcompel)。
「夫(そ)れ新羅(しらき)甘言(うまこと)して誑(あざむ)くことを希(ねが)ふは天下(あめのした)の知(し)れる所(ところ)なり。………爰(ここ)に恐(おそ)るらくは、誣(し)ひ欺(あざむ)ける網穽(あみあな)に陷(お)ち罹(かか)りて國(くに)を喪(うしな)ひ家(いへ)を亡(ほろぼ)して人(ひと)の繋虜(とりこ)と爲(な)らむことを」(『日本書紀』:これは「誣(し)ひ」)。
「詨 ………強言也 謗也 之比天伊不(シヒテイフ)」(『新撰字鏡』:「謗(ボウ)」は、そしり、悪く言う、こと)。