◎「しははゆし(鹹し)」(形ク)
「しほあへはゆし(塩和へ映ゆし)」。「しほあへ(塩和へ)」は塩加減。それが「はゆし(映ゆし)」(映(は)えて倦(う)むような思いになる。まぶしい)とは、しょっぱいこと。
「示して云く。海中に龍門と云ふ處ありて……。彼の處、浪も他處に異ならず。水も同くしははゆき水也。然れども定まれる不思議にて、魚ども…」(『正法眼蔵随聞記』)。
◎「しはぶき(咳き)」(動詞)
「しこほはふき(為「こほ」端吹き)」。「こほ」のK音は退化した。「こほ」は咳払いの擬音であり、「しこほ(為「こほ」)」はそれが意図的なことであることを表現する。「はふき(端吹き)」は、呼気の切れ端とでもいうような一端でそれをおこなうことを表現する。すなわち「しこほはふき(為「こほ」端吹き)→しはふき」は、咳払いをすること。これは、自己の存在を知らせたり、それを強調するためになされ、また、喉の異変により、自然の生理発作としても起こる。元来は「しはふき」と清音だった可能性もありますが、後は「しはぶき」と、濁音が一般となる。
「欬嗽 ………之波不岐 肺寒則成也」(『和名類聚鈔』)。
「尼君しはぶきおぼほれて起きにたり」(『源氏物語』:「おぼほれ」は、ぼんやりと、朦朧とした状態であること)。
「この暁より、しはぶき病みにやはべらむ、頭いと痛くて苦しくはべれば」(『源氏物語』:「しはぶき病み」は咳のでる病)。
「大夫(たいふ)、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言、聞き知りて、出で来たり」(『源氏物語』:何かで戸を打ち音を出し、そしてしはぶいた。到来を知らせたわけです)。
「(匂宮が)忍びやかにこの格子をたたきたまふ。右近聞きつけて、『誰そ』と言ふ。こわづくりたまへば(しはぶき声を発したので)、あてなる(高貴な)しはぶきと聞き知りて、『殿の(薫の)おはしたるにや』と思ひて、起きて出でたり」(『源氏物語』:この「こわづくり(声作り)」は到来を知らせる、しはぶきとほとんど意味が変わらない。意図的に咳(せき)をするようなことをしながら発声もともなっている)。
『万葉集』892に「之可夫可比(しかぶかひ:しかぶきはひ(咳き這ひ・しかぶく状態になり))」という表現がありますが、この「しかぶき」は「しこはぶき(為凝省き)」。これは喉(のど)の凝り固まったような異物を発作的呼気で取り除く努力であり、到来を告げる動作ではない。ただし、「しはぶき」にその「しはぶき」の影響を受けているそれがあることも考えられる(とくに上記の「しはぶき病み」)。