S音が動感を表現しI音により進行する。動態の進行感が表現される。日常的な動態は言うまでもなく表現する(→「勉強してから…」)が、それは個別具体的な人間の意思的な行為のみとは限らない。関与的動態感や動態一般・動態感それ自体というようなことも表現する。「しあはせ(幸せ:為合はせ)」、「しいれ(仕入れ)」、「しおき(仕置き)」、「しかけ(仕掛け)」、「しかた(仕方)」、「しきり(仕切り)」、「しくみ(仕組み)」、「しごと(仕事)」、「しだし(仕出し)」、「したて(仕立て)」、「しつけ(仕付け:躾)」、「しにせ(仕似せ:老舗)」その他。これらの語頭にある「し」は、動態が関与していること、それが意思的・故意的な動態であることを表現する。
この動詞の活用は文法で、サ行変格活用、と言われるわけですが、基本は活用語尾S音の下二段活用動詞活用語尾の変化と同じであり、ただ、その連用形が、たとえば、失(う)せて、の、連用形活用語尾のように、E音化するのではなく、為(し)て、のように、動詞自体がI音になる(終止形はU音の「す(為)」)。下二段活用動詞の活用語尾との違いは連用形のそれだけ(※)。つまり、基本は下二段活用型であり、連用形がI音になるということ。なぜ下二段活用型なのかと言えば、この「し(為)」という動詞はS音で動感を、すなわち動態一般を、表現するものであり、つねになんらかの働きかけをする外渉的本質があるから、ということなのですが、ではなぜ連用形はI音なのかと言えば、本質的に、一般的に、動態を表現するこの動詞が、文法で用言と言われるところの、名態ではなく、動態を表現する語に接続する場合、S音の外渉性にE音の外渉性が相乗し、一般的他動ではなく、一般的使役型他動になる危険があるからです。そこで四段活用動詞連用形活用語尾と同じに、ただ主態動動感が表現されI音になる。たとえば助詞「~て」に接続する場合、「(それを)せて」ではなく、「(それを)して」になる。過去の助動詞(その終止形)と言われる「き」がつく場合も連用形で「しき」。その連体形・已然形と言われる「し」「しか」がつく場合(つまり「し」がつく場合)、連用形「し」について「しし」「ししか」にはならず、「せし」「せしか」。たとえば「Aをししとき」ではなく「Aをせしとき」。これは、この場合は、助動詞「し」の作用は過去の記憶再起であり、一般的使役型他動になる危険はなく、一般的な下二段活用動詞連用形の活用語尾と同じE音ということ(動態を表現する語に接続する場合にだけI音になる。ここでの項目は連用形で書かれているので「し」になっている)。
※ 未然形は「せ」であり、否定表現は「せず」になりますが、後には東国系の否定表現「~なふ」の影響による「しない」も現れる。この「しない」は「しゐない(為居ない):為(す)る状態にない」でしょう。未然形にそのままつく場合は「せなふ」であり、そうした表現も古くはある。「…母父(あもしし)が玉の姿は忘れせなふ(西奈布)も」(万4378)。
意味は一般的な動態表現ですが、「し」で表現される動態が(「が」によって)どういう関係との動態なのかが表現されれば→「にほひがする」。言外にでも動態の主体が表現され、その動態の状態が「を」で表現されれば→「仕事をし」、「こと」が主語になれば→「することがない」。「と」で思念的に何かが確認されたり「に」で認了的・完了的に動態進行があることが表現されつつ「し」が言われれば「し」は一般的な動態進行として なにもの かや なにごと かの完成や完了を表現する→「東京を首都とし」「柳を蘰(かづら)にし」。「と」は、思念的に確認される、その動態がどういう動態かも表現し→「向こうへ行こうとする」。「に」もその動態がどういう完了的動態かも表現する→「静かにする」。形容詞の場合はK音のU音でどういう形容態かが表現される→「美しくする」。また、「し」によって、ある対象を得るために必要な努力がその対象の価値として表現されることがある→「この本は一万円する」。「Aし」が、人のAにおける必然的動態を表現したりもする→「つばくら(燕)は土で家する」(「俳諧」:「家(いへ)」における必然的動態とはそこで生活するということです)、「居酒屋を梯子(はしご)する」(もう一段、もう一段と上へ登る)。
「吾(われ)のみや夜船(よふね)は漕(こ)ぐと思へれば沖辺(おきへ)の方(かた)に楫(かぢ)の音(おと)すなり」(万3624:音し)。
「旅にして物思(も)ふ時にほととぎすもとなな鳴きそ吾(あ)が恋まさる」(万3781:~にし。「もとな」は、むやみと、やたらと、のような意)。
「あしひきの山路(やまぢ)越えむとする君を心に持ちて安けくもなし」(万3723:~とし)。
「……弾く琴に 舞(まひ)する女(をみな) 常世(とこよ)にもがも」(『古事記』歌謡96:舞(まひ)し)。
「あはむ日の形見にせよとたわや女の思ひ乱れて縫へる衣ぞ」(万3753:~にし)。
「この平張(ひらばり)は川にのぞきてしたりければ、(女は)づぶと落ち入りぬ」(『大和物語』147段:「平張(ひらばり)」は布を張りめぐらした簡素な仮屋というようなものですが、「川にのぞきてし」は、人がその平張を(二人の男が(水鳥を)射る結果を見るため)河をのぞむ状態にしてあるということ。女はそこから川へ入り自殺した)。