魚類を意味する「さかな」は副食物を意味する「さかな」が意味固定した。古代において、食べる状態にされた植物、さらには、それ用の植物、を意味する「な(菜)」という語があった(1)。この語は「いひ(飯)」と変わらないような意味で用いられもし(2)、食用が考えられている魚がそう言われもした(3)。また、平安時代には(奈良時代からあるのかもしれないが)、主食に対しこれに従的に評価される副食的な食べ物を意味する「さかな」という語もあった(4)。語源は「さきはな(割き端菜)」。分かれさせ(別にし)独立した部分域となる菜(な:食べるに適した状態にされた植物や動物)。この(4)の語が生まれたころ、主となる食べ物(主食:事実上、米)とそれに従たる位置にある食べ物(副食)が分かれたわけです。つまり、「さかな」は副食物であり、酒に添えられる食べ物も「さかな」だった(5)。やがて、たぶん室町時代、主食物に添えられる副食物を意味する「おかず」という語が現れ、広まる(6)。これは幕府か宮中かの女房言葉。語源は、主(シウ)に付き添いこれを引き立て守る「おかちシュウ(御徒歩衆)」ということか(この語の語源は一般に「御数(おかず)」といわれる。数々(かずかず)のものがあるから、ということか。しかし、数々なくても「おかず」なのだが…)。この「おかず」という語が広まり、副食物を意味する「さかな」は特に食頻度が高く印象の強かった(食用の)魚類を、とりわけ、「さか」と「さか(酒)」の同音ということもあり、酒を飲む際に食べられる酒の副食物の印象が強まり、「酒のさかな」と言われ、酒席で披露する芸事なども意味し(7)、それは魚類一般の、俗なものではあるが多少品の良い、文化程度の高い、呼称になっていった(8)。それ以前、魚類一般は「うを」や「いを」と言った。「さかな」が魚類を表す一般名になっていったのは戦国時代末期頃のようです。「銭かぎりに肴を買取り…海老を汁にし鯛の魚を山椒味噌にてあへものにし……扨(さ)て又日数をへて肴のさがる(腐る)に塩をいたす事もなく…」(『甲陽軍鑑』品第三十(江戸時代初期))。

(1) 「この丘(をか)に菜(な)摘(つ)ます兒(こ)」(万1)。

(2) 「前妻(こなみ)が肴(な:那)乞(こ)はさば…」(『古事記』歌謡10)。

(3) 「越(こし)の蝦夷(えみし)八釣魚等(やつりな(人名)ら)に賜(ものたま)ふ。各(おのおの)差(しな)有(あ)り。魚、此(これ)をば儺(な)と云(い)ふ」(『日本書紀』持統天皇三年七月)。

(4) 「肴 野王案凡非穀而食謂之肴(凡(およ)そ穀ではない食べ物を肴(カウ)と言う) ……字亦作餚 和名佐加奈(さかな) 一云布久之毛乃(ふくしもの)…」(『和名類聚鈔』:「野王」は中国の書『玉篇』の編纂者・顧野王。「布久之毛乃(ふくしもの)」は、副(フク)付(フ)しもの、でしょう。従的に添えられるもの、の意であり、「さかな」を漢語的に言ったのでしょう。「めし(飯)」を「ハン(飯)」と言うように)。「肴 …サカナ…クタモノ…フクシモノ」(『類聚名義抄』)。

(5) 「女あるじにかはらけとらせよ(盃を出させ酌をさせよ)、さらずは(酒を)飲まじといひければ、かはらけとりていだしたりけるに、肴なりける橘をとりて」(『伊勢物語』)。「肴 サカナ フクシモノ」(「服食門」にある)、「魚 ウヲ」(「気形(イキモノ)門」にある) (『書言字考節用集』(1717年):「魚 サカナ」はどちらの部門にもない)。

(6) 「Vocazu(ヲカズ). i, Sai(サイ:菜). Guisado(煮込み); es palabra de mugeres(女の言葉)」「Sai(サイ:菜). Guisado de pescado, carne,yeruas,&c(魚、肉…などの煮込み). Sacado arroz y Xiru(飯(めし)汁を除く)」(『日葡辞書』:()内の読みや訳は原文にはない)。

(7) 「『御酌を御つとめ候はば“こゆるぎのいそ”ならぬ御さかなの候へかし』と申されしかば……(後深草院が)今様をうたはせおはします」(『問はず語り』:“こゆるぎのいそ”は『魚求(ま)ぎに(魚を求めて)魚取りに こゆるぎの 磯の和布刈りあげに…』という俗謡に由来する表現であり、ここでは「さかな」が酒とともに供される料理も生物魚類としてのそれもそこでの芸事も意味している)。

(8) 「SAKANA  サカナ 肴 n. Any kind of food taken with sake(酒と一緒に食べるあらゆる種類の食べ物) ; fish(魚)」(『和英英和語林集成』(明治27(1894)年))。

「さかな 一、魚 食用、または鑑賞の対象としての、うお 二、肴 酒を飲む時につまむもの。…」(『新明解国語辞典』(1972年初版))。

 

・「うを(魚)」

「ゆほほ(揺頬)」。揺れる頬。動揺する鰓(えら)の動きの印象による名。「いを(魚)」とも言う。生物の一種の名。

「家人(いへひと)の待(ま)ち恋(こ)ふらむに明(あか)し釣るうを」(万3653)。

「けふ、節忌(せちみ)すれば、いを不用」(『土佐日記』:その少し前に「鮮(あざ)らかなるもの」をもらっている。これは鮮魚でしょう)。