「ことゆいたし(言・事ゆ甚し)」。「ゆ」は経験経過を表現する助詞。これは動態の起点を表現したりもしますが(→「磯廻(いそみ)の浦ゆ船出(ふなで)すわれは」(万3599))、ここでは事象の起点、すなわち原因たる経過を表現する。「いたし(甚し)」は事象の程度が甚だしく極限的であること(下記※)。「ことゆいたし(言・事ゆ甚し)→こちたし」すなわち、「こと(言・事)」により、言・事を原因経過し、事象の程度が甚だしく極限的であるとは、現象の程度があまりにも強かったり、激しかったりし堪えがたいような思いになることですが、常にうんざりした嫌な気分になることを表現するわけでもなく、「こちたく祝ふ」のように、自分の限界を越えそうな程度の激しさを表現したりもする。

「他言(ひとごと)はまことこちたくなりぬともそこに障(さは)らむ君にあらなくに」(万2886:二人の仲に関する噂や他の人の口出しが激しい)。

「御祓・御誦経などこちたく」(『夜半の寝覚』)。

「立ち込みたる物見車ども、かち人(徒歩の人)どもも、こちたきまで多かり」(『狭衣物語』)。

「御髪いとこちたく、五重の扇とかやを広げたらんさまして」(『増鏡』)。

「鶴は、いとこちたきさまなれど…」(『枕草子』:鶴がこちたきさまとは、目立ちすぎる様子、ということであろうか)。

 

「こちたみ」という動詞もある。事象の程度が甚だしく極限的になること。「人言(ひとごと)を繁(しげ)みこちたみ」(「を」は状態を表現する。目的ではない)という表現が多い。ほかの人が(たとえば二人の仲を)いろいろと噂したりすることが激しくなること。

「人事(ひとごと)を繁(しげ)みこちたみ(許知痛美)おのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る」(万116:この歌の場合「ひとごと」の原文は「人事」ですが、一般的には「人言」「他言」「他辞」といった書き方がなされる。この歌の場合、単なる噂よりも、社会的な騒ぎが煩わしいということでしょう)。

 

その他「こちたげ」(程度はなはだしく、大仰に)、「こちたさ」(程度のはなはだしさ、はなはだしい程度)といった表現もある。

 

※ 「いた(甚)」に関しては2019年12月16日。