「きえすひ(消え吸ひ)」。「きえ(消え)」はその項。「すひ(吸ひ)」は自己へ寄せ、さらには自己へ取り入れる、吸収する、ことですが、「Aをきえすひ(Aを消え吸ひ)→Aをけし」とは、Aを、それが消えた状態で取り入れる・吸収する。取り入れる動態・吸収する動態がAが消えることを生じさせる動態でなければそれは起こらない。あるものごとを取り入れること・吸収することがそのものごとが消えることでなければそれは起こらない。それはそのものごとが現象として現れがなくなることも意味する。その結果、「けし(消し)」は事象を、さらにはその意味や価値を、消えさせる、消失させる、努力をすることも意味し、これは、けなす、のような意になったりもする。
この語は平安時代の漢文訓読系の世界から生まれている語であり、たとえば「罪障を消す」というような、いささか宗教的な考察が感じられる語です。
また、古く「けち(消ち)」と言われていた語が、後に、活用語尾が動感を表現するS音による「けし(消し)」と言うことが一般的になる(→「けち(消ち)」の項)。つまり、「消ち」が「消し」に変化したわけではなく、「消ち」ののち「消し」という表現が生まれ、「消ち」が一般的であった情況のなか、漢文訓読系の世界で「消し」が用いられ、双方が用いられる情況が続きつつ、鎌倉時代ころには「消し」のみが用いられるようになっていく。「けち」が「けし」に吸収され姿を消してしまう。
「惡夢悉く皆無けむ 及諸の毒害を消(ケサ)む」(『金光明最勝王経』巻九(平安初期点))。
「兵革の後、妖気猶禍を示す。其の殃(わざはひ)を銷(ケ)すには真言秘密の効験に如(し)くは無しとて…」(『太平記』「神泉苑事」)。
「火を消す」。「字を消す」。「噂を打ち消す」。
「能武士は…惣別(すべてにおいて)人の腹立事を、我方よりはせず、そしるもけすも無案内なる者共」(『甲陽軍鑑』:この「けす」は、なにごとかを無意味化・無価値化、社会的に不存在化、させるようなことをすること)。