◎「くろ(畦)」
「くれを(塊緒)」。「を(緒)」は線状の長いものを意味する。「くれ(塊)」はその項(12月7日)。「くれを(塊緒)→くろ」は、塊(かたまり)たる、線状のながいもの。これは田の畦(あぜ)を意味する。
「畔 ……田界也 和名久呂一云阿世」(『和名類聚鈔』)。
小高くなったところや小高く積み上げたものも「くろ」と言いますが、これは「くれほ(塊秀)」でしょう、塊(かたまり)たる秀でたもの。「たちあがりたるむらむらをくろといへば」(『名語記』)。
◎「くろ(黒)」
「くるよ(来る夜)」。夜が来るような色、の意。色名。見ていると夜が来るような、ということ。この語を語幹とするク活用形容詞「くろし(黒し)」もあり、黒くなったり(そんな印象になったり)黒くしたりすることを表現する動詞「くろみ(黒み)」(自動)「くろめ(黒め)」(他動)もある。
「矊 ……和名久呂万奈古 瞳子黒也」(『和名類聚鈔』:「矊」の音(オン)は、メン)。
「黒 …クロシ」(『類聚名義抄』)。
「若かりし 肌も皺(しわ)みぬ 黒(くろ)かりし 髪も白(しら)けぬ…」(万1740:これは俗に言う浦島太郎を語った歌にあるもの)。
◎「くゑ(蹴ゑ)」・「けり(蹴り)」(動詞)
「くひへ(交入ひ経)」。「ひへ」が「ゑ(we)」になっている。「くひ(交入ひ)」は侵入感を生じさせる他動表現。「くひへ(交入ひ経)」はそれを経過すること。「くひへ(交入ひ経)→くゑ」は、足、とりわけ足先、で何かに対し侵入感を生じさせること。足で何かに打撃を加える。この「くゑ(蹴ゑ)」は「け(蹴)」の一音になり、情況化表現を行うR音がつき「けり(蹴り)」と言われるようになる(「け」を語幹とし活用語尾R音の四段活用になっていくということ。そうなっていくのは江戸時代後半)。
「堅庭(かたには)蹈(ふ)みて股(むかもも)に陷(ふみぬ)き、沫雪(あわゆき)の若(ごと)くに蹴散し 蹴散 此云倶穢簸邏邏箇須(くゑはららかす)」(『日本書紀』)。
「此の雷(いかづち)悪(にく)み怨(きら)ひて鳴り落ち、碑文の柱を踊(く)ゑ践(ふ)む」(『日本霊異記』(平安初期))。
「舞へ舞へ蝸牛(かたつぶり) 舞はぬものならば 馬の子や牛の子にくゑ(蹴)させてん ふみわら(踏破)せてん…」(『梁塵秘抄』(1169年頃成立か))。
「蹴… ……ケル(化ル) クユ」(『類聚名義抄』:「クユ」は活用語尾Y音「くえ」で言われる場合もあったということだろう)。「蹢 …ヒヅメ クヱル」(『類聚名義抄』)。
「内の御前にて殿上人に鞠けさせて御覧ずる日の有様いみじくめでたく」(『栄花物語』(成立は1000年から1050年の間か):「け」とは書かれていますが「くゑ」と言っているのかもしれない)。
「永日の暮ぬる里に鞠をけて ほころびがちにみゆるかみしも」(『兼載独吟俳諧百韻』(1502年))。
「『…あしかけ三年恋ひし床(ゆか)しも、愛(いと)し可愛(かはゆ)も、今日(けふ)といふ今日(けふ)、只此(ただこの)足一本の暇乞(いとまご)ひ』とひたひぎは(額際)をはッたとけて(蹴て)、『わッ』と泣きだし…」(「浄瑠璃」『心中天の網島』)。
「足で蹴(ケ)たの踏んだのといふ訳ではありませんが」(「落語」『真景累が淵』(1859年作、1888年単行本出版。つまり、江戸最末期から明治初期):「けた」とは書かれていますが「けった」と言っているのかもしれない)。
「(乗馬の軽足歩では)なるべく鐙(あぶみ)を蹴らないようにして…」(サイト・ブログ・Ameba「馬術稽古研究会」October 11,2021:「なるべく蹴(け)らないように」は、古い言い方をすれば、なしうるべくくゑずに、ということか)。