◎「くま(熊)」

「くびま(首間)」。「び」は無音化した。首に間(ま:空白)のある印象のもの、の意。動物名。この動物は、全身.は黒や茶色ですが、首や胸上部に帯状や三日月状の白い斑紋のあるものが多い。特に「つきのわぐま(月輪熊)」(日本・本州にいる)のそれは特徴的です。それが周囲の黒に対する「間(ま:空白)」と表現された。

「 熊 ……和名久萬 獣之似羆而小也」(『和名類聚鈔』:「羆(ヒ)」はヒグマ)。

 

◎「くま(隈)」

「うけゐま(受け居間)」。「けゐ」は「く」になりつつ「う」は脱落した。「うけゐま(受け居間)→くま」とは、進行を受けている限定的域です。それが線状であればその線に沿い最も奥まった域。それが凹状であればその凹部の最も奥まった域。意味が似た印象の語たる「すみ(隅)」は認識主体が環境を認識した表現であり、「くま(隈)」は進行する主体による、進行を受ける側に立った表現です。それはもっとも奥であり、明瞭な印象性に乏しく、暗い印象であったり、物陰(ものかげ)の印象であったりもする。歌舞伎の「くまどり(隈取)」は、とりわけ顔面における、心情表現・人間性による様々な部分の様々な変動のその変動域の「くま(隈)」を色彩と陰(かげ)形象により表現したもの。目の下の「くま(隈)」も目の印象の進行を受けている限定域の現れであり陰(かげ)の印象のある生理現象。「くまなく(隈無く)」は、すみずみ余すところ無く、の意。また、この「くま」は九州一部の古い地域名にもなっている(その場合の「熊」は当て字)。その地域名の由来は上記のようなことであり、要するに、果ての遠いところ、のような意です。古代では奈良・京都や九州北端あたりから見てそうだったとういことです(→熊本県・球磨(くま)郡)。

「…山背河(やましろがは)を 河(かは)のぼり 我(わ)がのぼれば 河隈(かはくま)に 立(た)ち栄(さか)ゆる …の木(き)は…」(『日本書紀』歌謡53)。

「堓 …曲岸 久万…」(『新撰字鏡』)。

「少しゆゑづきてきこゆるわたりは、御耳とどめ給はぬくまなきに」(『源氏物語』:「わたり」は、あたり(辺)、とさほど意味の変わらない語)。

「くまもなき鏡と見ゆる月影に…」(『千載和歌集』:この「くま」は、陰(かげ)というか、明瞭ではない薄暗い印象の部分ということ)。

「秋の夜の月の光は清けれど人の心のくまは照らさず」(『御撰和歌集』)。