◎「くぢら(鯨)」

「くしちりは(櫛散り歯)」。櫛の歯が様々な方向へ散るような印象の歯(いわゆる、クヂラヒゲ)のあるもの、の意。髭鯨(ひげくぢら)類の口の印象による名。歴史的表記には「くじら」もあります。どちらの表記も有り得ることであり、間違いというようなものではありませんが、後音を重視し、ここでは「くぢら」。海洋生物の一種の名。多種あり、その総称。「くぢら」と呼ばれるものの中には、クヂラヒゲではなく、一般的な歯のあるものもいる。

「宇佗(うだ:地名)の高城(たかき)に鴫罠(しぎわな)張る 我(わ)が待つや 鴫(しぎ)は障(さや)らず(捕らえられず) いすくはし 鯨(くぢら:久治良)障(さや)る」(『古事記』歌謡10:「いすくはし」はずいぶん前のこと(2019年12月10日)なので再記(下記※))。ちなみに、日本で「しぎ」と読む「鴫」は和製漢字。中国ではこの字は用いられていないと思います。では「しぎ(鴫)」は中国ではなんと言うかというと「鷸(イツ。現代の中国では、イー)」(「イツ」は漢音と言われていますが、これは「キツ」が変化しているものでしょう。「矞」が音(オン)を表し「カンキツルイ(柑橘類)」などの「キツ」。つまり、K音系の音がY音化している)。

「鯨鯢 …………和名久知良」(『和名類聚鈔』)。「鯨 …………クチラ クシラ」(『類聚名義抄』)。「魶 クチラ」(『和玉篇』)。「鯨 クシラ」(『節用集』(伊勢本))。

 

※ 再記

「いすくはし」

「いすかえいはし(交喙え言はし)」。「かえい」が「けい」のような音(オン)を経つつ「く」になっている。「いすか(交喙)」は鳥の名。「え」は(この場合は意外さへの)驚きの発声。「いはし(言はし)」は「いひ(言ひ)」の尊敬表現。この「言はし」は「交喙(いすか)」への尊敬表現ですが、それも敵へのからかい。「いすかえいはし(交喙え言はし)→いすくはし」は、交喙(いすか)も『え』とおっしゃり→交喙(いすか)もお驚きになり、という意味。交喙(いすか)という鳥は嘴(くちばし)が食い違っており、この鳥はものごとの食い違いの象徴として言われる。その交喙(いすか)も驚くほど、ということであり、とんでもない予想外の食い違いが起こった、と敵を笑っている。これは『古事記』歌謡10にある表現ですが、この歌は自分が作った罠に自分が落ちた敵を笑っている歌。

 

◎「くつ(靴)」

「きうつ(着虚)」。着る虚ろ(空(から))なもの、の意。たとえば毛皮などで袋状のものを作り、これを足先に履く(着る)。それを思わせる土器製の模造物も発見されている。

「信濃道(しなのぢ)は今の墾(は)り道刈りばね(可里婆祢(かりばね):刈り刃根)に足踏(ふ)ましむな沓(くつ:久都)はけ我が背」(万3399:この歌の四句は原文「布麻之牟奈」を「布麻之奈牟」に変えて「ふましなむ」と読まれることが相当に広く行われていますが、原文は「牟奈」であり、「ふましなむ」の場合の「な」は完了の「ぬ」の変化であり、今の墾(は)り道がそれほど確定的に鋭い切り株で足を刺し切るとも思われないので「ふましむな(お踏みにならないで)」)。

「鞜 …クツ」(『類聚名義抄』)。

「靴 ………和名化乃久都(かのくつ)」(『和名類聚鈔』:「化乃久都(かのくつ)」の「か」は「靴」、または「鞾」、の音(オン)であり、靴の中でも特に高級につくられ、公家が儀式に用いたりする靴(くつ))。「鞾 果乃沓」(『新撰字鏡』:かのくつ)。