「けゐゆすり(異居揺すり)」。「けゐ(異居)」を揺(ゆ)するもの。ここで「け(異)」なる「ゐ(居)」、普段・通常とは異なるあり方、とは、要するに自分の体が苦痛不快なる変事、病状、にあることです。それに刺激影響を与え普段・通常を取り戻そうとするものが「けゐゆすり(異居揺すり)→くすり」。そのためにそのものを、最も一般的には口から、体内へ入れる。皮膚に塗布するものなどもある。しかし、刺激影響といっても「ゆすり(揺すり)」は構成力の弛緩、それによる不安定さ・動揺を促すことであり、その効果の危険性も認識されており「死ぬくすり」という言葉もある。

「わが盛(さかり)いたく朽(くた)ちぬ雲に飛ぶ薬(くすり:久須利)はむ(波武)ともまた若(を)ちめやも」(万847:薬を「のむ(飲む)」ではなく、「はむ(噬む・食む)」と表現している。古くは、草や木の葉などを咀嚼するように噛み、その滲出物を体内へ入れたりしたのでしょう。やがて、丸薬・煎じ薬、粉薬、といったものが生まれ、「のむ(飲む)」になっていく)。

「恋ひわびて死ぬるくすりのゆかしきに雪の山にやあとをけ(消)なまし」(『源氏物語』)。

「寮 ………典薬寮 久須里乃豆加佐(くすりのつかさ)」(『和名類聚鈔』:巻五・官名・寮)。

「薬 クスリ」(『類聚名義抄』)。

『和名類聚鈔』にある薬の分類は、「丹薬」、「膏薬」、「丸薬」、「散薬」、「湯薬」、「煎薬」。「丹薬」の「丹」は「赤」という意味なのですが、結局これは、心身に良い薬、といった意味だと思います。その昔、中国・道教の道士がつくった摩訶不思議な効能のある薬も「丹薬」といいました。『和名類聚鈔』には「紫靈丹」や「招魂丹」といった薬が書かれる。歴史的には「万金丹(萬金丹)」という解毒剤(胃腸状態改善薬でしょう(下記※))もある(現在も販売されている)。現代では「仁丹」もある。「膏薬」の「膏(カウ)」は「あぶら(油・脂)」の意であり、アブラ(油・脂)に薬物を混ぜた粘体状の薬。体に塗ったり張り付けたりする。「丸薬」は丸めた薬、「散薬」は散る状態になった粉薬。「湯薬」と「煎薬」の違いは微妙であり、辞書では別名とも書かれますし、そうした用い方もされていますが、ようするに、滲出させた成分を飲むのが「煎薬」で液状にした薬物を飲むのが「湯薬」ということでしょう。

 

※ 「毒消し(どくけし・どっけし)」、「解毒の剤」、「解毒丸」と言われる薬は、たとえば毒蛇に咬まれた際、体内に入ったその毒物の毒性を中和する、といったようなものではなく、広く体の害悪を除く、有害物を排除する、有害な状態を調整し健全な状態を回復する、といった意味のものなのですが、歴史的にはいろいろな効能が言われたとしても(古くは、梅毒に毒消し、と言われたこともあり、同じ名の解毒の剤でも、成分を変更し別の薬効で売られたりもする)、基本的には、胃腸を中心としてその状態を回復したり整えたりする薬と思われます。現在でも売られている「万金丹(萬金丹)」は、特に胃腸関係で、効能はあるのですが、伊勢土産として伝統的工芸品を思わせるようなものになっています(まるで、健康な生活や不老長寿のお守りのような(つまり、家内安全・商売繁盛の基本))。しかし、本当に効能はあります。