「くひふし(交入ひ伏し)」。「ひふ」は「ふ」になりつつ子音は退化した。「くひ(交入ひ)」は「く」の侵入感による動詞 (「く」の侵入感に関しては「くひ(交入ひ・食ひ)」の項。この「くひ」はここでは「交入ひ」と書きましたがそれはここだけの書き方であり、一般的には「食ひ」と書きます→「食ひ込む」)。「くひふし(交入ひ伏し)→くし」は、侵入し(「くひ(交入ひ)」)、特化的な(特別化する)経過感が動的に進行する(「ふす(伏す)」)もの、の意(動詞「ふし(伏し)」、その特化的な(特別化する)動態の発生感、に関してはその項)。侵入し特化的な(特別化する)経過感が動的に進行する、とは、何かを刺し貫きその何かに対し特別な影響感が生じる、その何かが特別な影響感のある独立したものになる、とりわけ、全的占拠感が生じる、もの、ということです。この特化的経過感は(何かを侵入させたその物やその影響域に関し)占有その他の意思公示にもなったでしょう。「しめたて(標立て)」や「しめさし(標刺し)」などと言う場合の「しめ(標)」にもなっただろうということです。食べ物の占有標識にもなったかも知れない(たとえば、獲った猪にこれを刺すと、これは無主物ではないぞ、誰かのものだ、という表示になる)。肉片に小さめのこれを刺し、火から手を遠ざけつつこれを焼いたりすることにも利用する。「みをつくし(水脈つ串)」(「つ」は助詞)は水面に出るように「くし」を立て、それにより「みを(水脈)」(水上の通行路)を知った(つまり水面の専用域表示になる)。「みをつくし(水脈つ串)」のこの「くし」は、後世では「くひ(杭)」と言われるような、相当に大きなものです。

「秋は捶籤、馬伏(うまふせ)す…………捶籤 此(これ)をば久斯社志(くしざし)と云(い)ふ」(『日本書紀』:「捶籤(スイセン)」の「捶(スイ)」は「打つ」の意、「籤(セン)」は『説文』に「驗也。一曰(一にいはく)銳也,貫也」とされる字。「貫」の原字は「串」。原文にある「伏馬」は他の人の田に馬を放ちまるで自分の田であるかのようにしたり耕作を邪魔したりすること。「捶籤(くしざし)」は占有その他の意思公示になる串(くし:相当に大きなもの)をさして自分の占有地であるかのようにしてしまうこと)。

「〓 完乃久志」(『新撰字鏡』巻七 木部 小学篇字及本草木異名第六十九:「完」は「宍(ジク、ニク。しし:肉)」の誤字。「〓」は、たぶん、「𤨔」の偏の「王」がシンニョウ(「辵(チャク)」の略体(「道」や「辺」などについている部首)になり、さらに木偏がついている字。「𤨔」は中国の書に「俗環字」とある(つまり、音(オン)は「クヮン」でしょう)。「環」をシンニョウに変えると「還」になる。さらにこれに木偏がつくと「〓」は「𣟳」になる。ただし、『類聚名義抄』には「𣟳」の正字が書かれ、書かれたその「正字」は手偏でありシンニョウがない。つまり「擐」。「擐(クヮン)」は、つらぬく、という意味(それとも、「〓」の正字は「擐(クヮン)」に進行を表現するシンニョウ(「辵」、略体は「辶」)がついている字か? あるいは、『説文』に「𣟳(クヮン)」に関し「𣟳味稔棗也」とあり「棗(サウ)」は「なつめ」であり「棗(なつめ)」の木には刺(とげ)があり、それが「くし(串)」ということか?)。ちなみに、「串」の音(オン)は「クヮン。現代の中国語では、チュワン、と、シュワン、を混ぜたような音。これもK音系がY音系へ向かう一過程:「還」「環」の音(オン)は現代の中国語ではK音がH音化している。「還」「環」の現代中国における簡体字は「还」「环」」。

「𥷪 ……和名太介乃久之 細削竹也」(『和名類聚鈔』)。

「丳𦠁 ……丳…和名夜以久之 炙完丳也 …丳𦠁 炙具也」(『和名類聚鈔』:「夜以久之(やいくし)」は「やきくし(焼き串)」の音便。「丳」は『廣韻』に「炙肉丳也」。「完」は「宍」(肉、の古字。日本での読みは通常、しし)の誤字でしょう。この誤字は、上記のように、『新撰字鏡』にもある。同じ資料によっているのか、「宍」の字は中国の書に「本作𡧢」とあるような事情によるのか)。

「串 ……クシ」(『類聚名義抄』)。