◎「くさし(臭し)」(形ク)
「くさ」は「きうせは(来、失せ、は)」。語尾の「は」は息を吐くことの擬音・擬態であり、「きうせは(来、失せ、は)」は、何かが来(き)、失せ(居なくなり。あるいは、それを離れ)、『はー』と息を吐くこと。これにより、それまで、それが来たことにより息を吸うことができなくなり呼吸困難になるような嗅覚刺激を表現した。「くさし(臭し)」はその形容詞表現。つまり、「くさい(臭い)」は、呼吸ができなくなる、呼吸が妨げられる状態にあることを表現することが原意。社会的な怪しさを感じられることも「にほふ(匂ふ)」や「くさい(臭い)」と言う。これは社会的感知を嗅覚に比喩した表現。
「『月ごろ、風病重きに堪へかねて、極熱(ごくねち)の草薬を服して、いと臭きによりなむ、 え対面賜はらぬ。…』」(『源氏物語』:薬の臭気がひどいので直接あうことはできない)。
「臭 穢 上主 訓久左之」(『新訳華厳経音義私記』)。
「ホフシくさい(法師くさい)」「めんだうくさい(面倒くさい)」(いかにもそれらが感じ取られる)。これらは、呼吸が困難になる、という意味ではなく、嗅覚刺激が感じられることの社会的比喩。
「くさいとハ うたがわしきこと」(『新撰大阪詞大全』:「大阪詞大全」にあるということは、この語のこうした用法は大阪で始まっているということか)。
◎「くさ(瘡)」
「くりうさ(くり憂さ)」。「くるさ」のような音を経つつ「る」は無音化した。「くり」は、回転を表現する「くる」を情況進行的に(R音I音で)表現した球状印象を表現する擬態表現。「うさ(憂さ)」は、「憂(う)さを晴らす)」などのそれであり、「う(憂)」なるそれ、その状態、ということですが、この表現が病症・病変を意味する。「くりうさ(くり憂さ)→くさ」、すなわち球状印象の病変、とは、皮膚の一部、表皮内部、が固縮したようにより、膨らみ凝縮すること。方言では、細菌性のできもの、いわゆる、おでき、が、くさ、と言われたりもします(※下記)が、一般的には、「湿疹(シッシン)」といわれるような、多数の部分、ある程度の広域、にそうした病的変化が起こることをいう。皮膚一部が固縮したような印象になる「かさ(瘡)」という語もあり、これは「かさ(嵩)」ですが(そこだけ局所的に皮膚の嵩(かさ:厚み)が増したような印象になる)、「くさ(瘡)」と「かさ(瘡)」は明瞭に区別はされていないように思われます(「くさがさ(瘡)」という語もある)。
急病、とくに急な発熱、をいう「くさ」もある。これは「キフうさ(急憂さ)」でしょう。急に起こった(上記の意味での)「うさ(憂さ)」です。
※ これが「くさ(瘡)」の原意かもしれない。できものを意味する「あかくさ(赤瘡)」という語もある。
「Acacusa. Cierta specie de hinchaçon」(『日葡辞書』:「s」の原文はロングエス。「Cierta specie de hinchaçon」は、ある種のhinchaçon、の意。「Hinchazón」はスペイン語で、腫れ物)。