「けゐをいひ(異居を言ひ)」。「けゐ」は「く」になり「くをいひ」のような音を経つつ「くい」になった。「け(異)」はその項参照(これは、今までとは異なり予想になかったこと、を表現します)。「けゐをいひ(異居を言ひ)→くい」は、期待と異なる、思ったようでない、現在(現(ゲン)に在(あ)り、の意)を言うこと。あれさえなければ、や、こうしていれば、といった思いもめぐる。この「くい(悔い)」という動詞の発生起源は、人の死に関連して言われ、それも、「AはBをくいている」というような用い方ではなく、「くいても甲斐無きこと」というような用い方によるものでしょう。人の死に際しての「くい(悔い)」は、後世では定型的な弔意表現になります。「おくやみ申し上げます」(「くやみ(悔やみ)」は「くい(悔い)」を基本にした動詞)。
この動詞「くい(悔い)」は活用語尾はY音であり、活用は上二段活用です。すなわち、否定表現は、くやず、ではなく、くいず(※)。
「若(も)し不虞(おもほえぬ)こと有(あ)らば、其(そ)れ悔(く)ゆとも及(およ)び難(がた)からむ(悔いても手遅れだ)」(『日本書紀』:「おもほえ」は「おもひおひ(思ひ生ひ)」の自発表現。思われること。「おもほえぬこと」は、思わぬこと。この場合は、敵が攻めてくること)。
「打橋の 集楽(つめ)の遊びに 出でませ子 ……出でましの 悔いはあらじぞ…」(『日本書紀』歌謡124:おいでになっても決して、こなければよかった、などとは思わない)。
「などて昔の人の御心おきてをもて違へて思ひ隈なかりけむと、悔ゆる心のみまさりて…」(『源氏物語』)。
※ 上二段活用動詞に関してはずいぶん前(2020年10月21日)に「おとし(落とし)」の項でふれたのですが、簡単に言えば、その動詞の語の成り立ちとして、語幹にではなく、活用語尾に動態が圧縮するように表現されており、それが保存され、たとえば否定はA音化せずI音が保存され、「上二段活用」と言われる活用になる。ちなみに、そのI音は、いわゆる「上代特殊仮名遣い」と言われるその表記においては、甲類表記ではなく、乙類表記です(四段活用動詞の場合は甲類表記になります)。