◎「きり(霧り)」(動詞)の語源
「き」が「けいひ(気言ひ)」。これが「くひ」のような音を経つつ「き」になった。これは、環境が(世界が)人が消えて(見えなくなって)見えない「け(気)」が何かを言っているような状態になること、の意。ガス状の、非常に微細・繊細な水滴が世界に浮遊し滞り何もかもがよく見えなくなる。これは気象現象の一種ですが、元来、この現象の名は(「けいひ(気言ひ)」の変化たる)「き」だったでしょう。それが、その情況になっていることを表現する活用語尾R音により動詞化し、それが起こることを表すその動詞が「きり(霧り)」。その連用形名詞化が気象現象の「きり(霧)」。
「吹(ふ)き棄(う)つる気噴(いふき:息吹)のさぎり(狭霧)」(『日本書紀』:天(あめ)の安(やす)の河の誓約(うけひ)の場面)。
「大野山(おほのやま)霧(きり:紀利)立ちわたる我が嘆くおきその風に霧(きり:紀利)立ちわたる」(万799:「おきそ」は「おきしほ(沖潮)」であり、海の彼方へ流れて行く潮。「我が嘆くおきその風」は嘆きが海の彼方へと流れ行くほど深いことを表現する)。
「いみじうきりたる空をながめつつ明かくなりぬれば…」(『和泉式部日記』)。
「霧 ……和名岐利 今按水気也」(『和名類聚鈔』)。
◎「きり(鑽り)」(動詞)
「ひきり(火鑚)」から生じた動詞。「ひきり(火鑚)」は火のための「きり」であり、「きり」は工具の名にもなっているそれであり、尖った堅いものを圧し回して木材に穴を穿つ際の、強い摩擦により発せられる音に由来する擬音・擬態に由来する語。火のためにその、きりきりとした作業を行うことが「ひきり」。この表現により「火をきる」や「燧(ひき:火木)をきる」とも言われ、それは「ひきり(火鑚)」による発火努力を意味し、それは摩擦により発火させることを意味し、火打石を打ち擦り発火させることも「ひきり(火鑽り)」と言われるようになる。
「海布(め)の柄(から)を鎌(か)りて、燧臼(ひきりうす)に作(つく)り、海蓴(こも)の柄(から)を以(も)ちて、燧杵(ひきりきね)に作(つく)りて、火(ひ)を鑽出(きりい)でて云(い)ひしく、『是(こ)の我(われ)が燧(き)れる火(ひ)は…』」(『古事記』)。
「火鑚 ……和名比岐利 而得生火」(『和名類聚鈔』)。(参考)「燧 ……和名比宇知 始出火」(『和名類聚鈔』)。
「今まで生きたるこそ不思議なれ、古人(こじん)も學道(がくだう)は火を鑽(き)るが如くなれとこそいふに、悠々(いういう)として過ぐべきに非ずと…」(『栂尾明恵上人伝記』)。