「きひいくる(着日射くる)」。「る」の脱落。「きひ(着日)」は、着ている日、ということですが、表向きが日(のもの)、見た目が日(のもの)、日のようなもの、ということです。「きひい(着日射)」はこれが何かを射ている、発射・放射している。語尾の「くる」は回転を表現する擬態ですが、これが一回転を、円状の360度周囲全体であることを表現する。すなわち「きひいくる(着日射くる)→きく」は、日のようなものが周囲すべてを射ているもの、周囲すべてに何かを放射しているもの、ということです。これは植物名ですが、その花の形状印象による名です。

植物名「きく」に関しては漢字「菊」の音(オン)であることが一般常識のように言われています。『和名類聚鈔』においても「菊」の項に「和名加波良與毛木(かはらよもぎ)」とあり、「俗云本音之重」とある。これは、「菊」という植物は俗に「かはらよもぎ」とも「きく」とも言い、「きく」は「菊」の音(オン)だ、ということでしょう。「菊」の語音はその『和名類聚鈔』に「擧竹反」とありますから「キク」でしょう。しかし、900年代の庶民に「かはらよもぎ」のようなありきたりな植物を外国語で呼ぶことが一般化するでしょうか。「きく」は俗称、それも「かはらよもぎ」以上の、子供が遊びで言いだしたような、そして相当に古くからの、俗称なのではないでしょうか。なお、中国語の「菊」は、『唐韻』に「音掬」と書かれるような字であり、両手の平を結んで水を掬(すく)うような状態の花であることを表現し、無数の花びらが房状になっている菊を表現しています。和語の「きく」は、野菊や天皇家の紋章のような、黄色い筒状花が中央に膨らんであり、周囲に舌状花(多くは白)が輪のように広がる形状のものを表現します。

天皇家の紋章図案のもとになっているのはたぶん「のぢぎく(野路菊)」でしょう。これは日本列島の西側海岸沿いに自生の多い菊です。起源的には、「神武東征」と伝承される出来事の記憶にまで遡るのかもしれません。