◎「かび(穎)」
「こあむい(子編むい)」の音変化。「むい」のM音一音化と濁音化。「い」は指示代名詞のようなそれ→その項。子(こ)を編(あ)むそれ、子を編成するそれ、の意。「こ(子)」とは全体の中の部分であり、それを編成する、とは、全体を構成する部分を構成すること、構成するその部分。つまり、全体を小分けにしたその部分部分であり、これは稲で行われた関係で稲の(稲穂部分の:古くは稲刈りは稲穂部分のみを刈った)束(たば)を意味します。後世には同じ意味で清音の「かひ」もあり、「こあふい(子合ふい):全体を構成する部分として合うこと・合うもの」という表現もあったかもしれません。
この語は「たかび・たかみ(剣柄)」という語の影響で、剣の柄(つか)のようなもの、と解されることもありますが、その語とは関係ありません。
また、この語は神名「うましあしかびひこぢ」の「かび」とも言われますが、そうではありません(→「うましあしかびひこぢ」の項)。
「縵造忍勝(かづらのみやつこおしかつ)、嘉禾(よきいね) 獻(たてまつ)れり。畝(うね)異(こと)にして頴(かび) 同(おな)じ」(『日本書紀』)。
「初穂をば千(ち)穎(かび)八百(やほ)穎(かび)に奉(まつ)り置(お)きて…」(「祝詞」)。
「穂 云穎 餘頃反 訓加尾……穂也…… 穂 音遂訓保 ……禾穀末也」(『箋注倭名類聚抄』:「穂」とは『唐韻』に言う「穎」であり、その音は「餘頃反」、すなわち「エイ」であり、読みは「かび(加尾)」であり、穂は音は「スイであり、読みは「ほ」であり、それは稲の末端だということ)。
「穎 穂也 禾也 カヒ」(『類聚名義抄』:「禾」の読みは、いね)。
◎「かび(黴び)」(動詞)
「こあび(粉浴び)」。粉(こな)を浴びたような印象になること。食物その他における菌類の群生。連用形名詞化が(たとえば餅の)「かび(黴)」。この動詞は上二段活用です。
「…殕…今案訓賀布(かぶ) 食上生白也」(『和名類聚鈔』)。「殕(フ) 食上生白毛」(『廣韻』)。
◎「かひこ(蚕)」
「かひ」は貝(かひ)や卵(かひ)のそれに同じ→「かひ(貝)」の項。これは虫の名ですが、この表現はそれが(繭で)卵の中に閉じこもったような状態になる生態があることによる(つまり、繭(まゆ)が考えられている)。「こ(蜀)」は芋虫類一般を言う(→その項)。「かひこ(蚕)」もただ単に「こ」とも言う。その蛹(さなぎ)期の繭から絹を採取する蛾の一種の幼虫。成虫は「かひこガ(蚕蛾)」という。この語の語源は一般に(人々が絹採取のための養蚕として飼うので)「飼(か)ひ蜀(こ:芋虫類)」と言われるわけですが、たとえば人々が何らかの目的のために飼う魚があった場合、その魚の種名が「かひうを(飼ひ魚)」になるようなことは起こるであろうかという疑問があります。
「眉(まゆ)の上(うへ)に蠒(かひこ)生(な)れり…………又(また)口(くち)の裏(うち)に蠒(かひこ)を含(ふふ)みて、便(すなは)ち絲(いと)抽(ひ)くこと得(え)たり、此(これ)より始(はじ)めて養蠶(こかひ)の道(みち)有(あ)り」(『日本書紀』「神代上」)。この「蠒(ケン)」の字に関し、「蠒 俗繭字」(『唐韻』:「蠒(ケン)」は俗に「繭(ケン)」と書く。つまり「蠒(かひこ)」とは「繭(まゆ)」のこと)。「蠶(サン)」の字に関し、「蠶 吐絲蟲俗作蚕非」(『廣韻』:「蠶(サン)」は「吐絲蟲(糸を吐く虫)」であり、「蚕(サン)」は別意であり俗にこれを用いるのは誤り)。『和名類聚鈔』では、「蚕 説文云蠶 俗為蚕 和名賀比古」(『和名類聚鈔』:ここで「蚕 説文云蠶」とはどういう意味でしょうかか。「蚕」とは『説文』に言う「蠶」でありその俗用だ、と著者が結論づけたということか。そしてここでは「賀比古(かひこ)」は「蠶(サン)」を、糸をひく虫を、意味している。しかし、神話において眉(まゆ)の上になったり口に含んだりするのは繭でしょう。芋虫とは思われません)。