現代において「かはいい(可愛い)」と言われる語はク活用形容詞「かはゆし」の変化であり、説明はその語の語源からになります。
「かはゆし」は「かほあやふし(顔危し)」。「あやふし(危し)」は自信や確信がなくなっていくことを表現しますが、「かほ(顔)」という語は身体の一部たる頭部前面部も意味しますが、その原意はそこに現れる表情であり、「かほあやふし(顔危し)→かはゆし」、表情に自信や確信がない、とは、困惑したり、きまりが悪かったりし(A)(1)、さらに、発展的に、破綻的心情・何かに悲嘆や悲痛な思いを感じていることも表現する(A)(2) (→「かはいい(可愛い)」の項・下記)。
幼児などが、自分が置かれている情況がよくわからず、困惑したりきまりが悪かったりすること、顔危うくなっていること、には人は保護的心情になったり愛らしさを感じたりする(B)。
しかし、他者の顔が危うい場合、そこに現れる心情、さらには物的な、顔の構成自体が、不安定な(それゆえに不安な)、さらには崩壊を感じさせる、ものであることもある(C)。
この語は後に音(オン)「かはいい」に変化していきますが、それは「ゆ」と「い」の交替と形容詞の一般的音便変化が起こっている。
(A)(1):「おのづから、人のさる事やなどいふには、いたく思ふままのことかはゆくもおぼえて、せうせう(少々)をぞ書きて見せし」(『建礼門院右京太夫集』:人のことを自分の思うままにばかり言うのも決まり悪く思われ、少しばかり書いて見せた)。
(A)(2):「此の児(ちご)に刀を突立て、箭(や)を射立て殺さむは、尚かはゆし」(『今昔物語』:これは、自分の顔があやふしなのか児(ちご)の顔があやふしなのかよくわかりませんが、たぶん両方。自分は気の毒な悲痛な心情を抱いている)。
(B):「我孫のふびんなも、人の子の乳はなれしはかはゆやと…」(「浮世草子」『世間胸算用』:これは語幹のみ)。「蝶とんでかはゆき竹の出たりけり」(「俳諧」:これは小さく愛らしい竹)。
(C):「人ノ死スル時ノ目ハ、オソロシクカハユシ」(『雑談集』)。「滝口師光・資行・能盛三人を遣はして(埋葬した遺骸を)実検せらる。其の墓を掘りをこしたれば、七月のさしも熱き折節に十余日にはなりぬ、何とてかは其の形とも見へ給ふべき。余りにかはゆき様なりければ、各々面をそばめて(目をそむけ顔を横へむけて)のきにけり。昔、宮中を出入し給ひしには、紅顔粧ひ濃(こまや)かにして春の花の色を恥ぢ、異香かをりなつかしくして妓廬の煙薫を譲り、妙なる勢ひなりしかば………とこそ思ひしに、只今の御有様こそ口惜しけれ。色相ひ変異して…脹爛壊し給へり。支節分散して膿血溢れ流れたり。悪香充満して不浄出現せり。余りかはゆく目もあてられざりければ、重ねて見るに及ばず」(『(延慶本)平家物語』「二 宇治の悪左府贈官等の事」:『平家物語』には琵琶を弾きつつ謡うように語る語りの台本系と読み物系がある。「延慶本」は読み物系)。
◎「かはいい(可愛い)」(形ク)
「かはゆき」(形ク)の変化(→上記「かはゆし」の項)。習慣的に通常「可愛い」と表記します。顔という、最も人の心情を繊細豊かに表現する身体部分の構成的不安定感を表現する「かはゆし」という言葉ゆえに(→「かはゆし」の項・上記)、破綻的心情(何かに悲嘆や悲痛な思いを感じていること(この言葉は古くは、不憫、かわいそう、という思いも表現した))も(A)、壊れそうな愛らしさを感じていることも(B)、表現する。
(A):「一人か法を犯たとて罪もない父母や妻子や同産の兄弟まて(で)つみせらるる(罪せらるる)はかわいい事そ」(『史記抄』:15世紀)。
(B):「にくい母(おっかあ)めだの、うなうなをしてやらう。可愛(かはいい)坊に灸(あっつ)ウすえて」(「滑稽本」『浮世風呂』:「うなうな」は「うぬはうぬは(お前はお前は)」であり、それをしてやろう、とは、睨んでやろう、のような意)。
現代において言われる「かはいい・かわいい」はもっぱらこの(B)の系列のそれであり、破綻的心情たる壊れそうな愛らしさを表現する、ということです。