◎「かぬまづく」の語源
「かはのいまつづく(『彼は…』の今続く)」。『彼(か)は…(あれは)』と彼方の何かを夢見るように思ふ今が続いている、ということ。つまり、ひとときも心を離れることなく、絶えることなく、思い続けている(私が夢見ていた理想の)、ということです。これは、古代において、それほど一般的ではなかったとしても、(とくに東国で)慣用的な表現になっていたようです(用例が一例だけの偶発的なものというわけではない)。「かのまづく」とも言います。これは「い」が無音化したということ。『万葉集』の歌にある表現(万3409、万3518)であり、「人とおたはふ」「人ぞおたはふ」と続きます (「おたはふ」に関しては去年(2020年の10月にふれたと思うのですが、下記に簡単に))。この「かのまづく」は一般に、語義未詳、とされています。
「伊香保ろに天雲い継ぎかぬまづく(可奴麻豆久)人とおたはふいざ寝しめとら」(万3409:「いざ寝(ね)しめとら」は「いざねしいもへ。ちよら(いざ寝為妹へ。千代ら:さぁ共に寝ることをし妹(いも)に、大切な人に、なってくれ…(いざねしいもへ…)。永遠に(千代ら))」。この部分、一般に、さぁ、一緒に寝よう、のような言い方がなされています。「~しめ」は使役の命令形で、私に寝ることをさせろ、ということらしい。「寝(ね)」の使役は奇妙な表現です)。
「岩の上(へ)にい懸(かか)る雲のかのまづく(可努麻豆久)人ぞおたはふいざ寝しめとら」(万3518:五句は上記3409に同じ。これは、それほど一般的ではなかったとしても、プロポーズの慣用的表現になっていたのかもしれません)。
・「おたはひ」
「おちあひあひ(落ち合ひ会ひ)」。「ちあ」が「た」に「ひあ」が「は」になっている。意味は、落ち合って会う、ということですが、「おちあひ(落ち合ひ)」という表現は、約束してどこかで会うことも、特別な約束や示し合わせなどなく複数の人がどこかで会うことも意味します。これは川の流れに由来する表現でしょう。要するに、合流すること、です。「万3409」や「万3518」(上記)にある「おたはふ(於多波布)」のそれも、二人が示し合わせて会うわけではなく、神の意思や運命たる自然の流れとして出会っていることが表現されています。この語も一般に、語義未詳、とされます。
◎「かに(蟹)」
「からに(殻煮)」。「ら」の脱落。常に殻のまま、身を剥かず殻のまま、煮て食べるもの、の意。甲殻類動物の一種の名。この語の語源に関しては「か」は殻(から)や皮(かは)であり、「に」は丹(に:赤色)であり、加熱すると赤くなるから、とするものが多い。
「この蟹(迦邇(かに))やいづくの蟹(迦邇(かに))」(『古事記』歌謡43)。
「蟹 …和名加仁」(『和名類聚鈔』)。
◎「かには(樺)」
「かみには(紙似端)」。これが「かんは」になり「かには」と書かれ「かば」にもなった。薄く剥がれる樹皮の印象による名。樹木の一種の名。「しらかば(白樺)」の「かば」であり「かんば」です。
「樺 和名加波又云加仁波今桜皮有之 木皮名可以為炬者也」(『和名類聚鈔』)。「樺 カハ … カニハ」(『類聚名義抄』)。「樺 カハ 本名皮可以為炬也 今桜皮也」(『伊呂波字類抄』:「炬」は、たいまつ。この名は皮(かは)をタイマツにできるからだという。『和名類聚鈔』の最後で言っていることもそういうことか)。
◎「かね(金)」
「かにね(かに音)」。「かに」は金属を固いもので打った際の音「カン」。「銭(セン)」の音(オン)を「ぜに(銭)」と表現するように、「かん」も「かに」と表現した(「ん」という記号が筆記に用いられ始めるのは平安時代末期ころ)。「かにね(かに音)」は、「かん」という音(ね)の響くもの、の意。これは金属を意味しますが、さらには貨幣を、さらに後には紙幣をも、意味するようになる。金属で製し、それを叩き発する音を利用する装置も「かね(鐘・鉦)」という。『類聚名義抄』には「鉇」(『正字通』に「俗鉈字」。「鉈」は『廣韻』に「短矛」)や「釦」(『説文』に「金飾器口也」にも「カネ」の読みがある)。
「金 …カネ コカ(が)ネ」(『類聚名義抄』)。
「皆人を寝よとの金(かね)は打つなれど…」(万607:この「かね」は音響を響かせる道具)。
「このこ(籠)はかね(金)を造りて、色どりたるこ(籠)なりけり」(『源氏物語』:これは金属製ということでしょう)。
「藁のしべをまはりにさし入れて、かねを隔てて頸(くび)もちぎるばかりに引きたるに…」(『徒然草』:この「かね」は金属器であり、具体的には鼎(かなへ)。宴会で、酔い、これを頭にかぶり踊ったところ、抜けなくなり瀕死の状態になったという)。
「若(もし)金(かね)たまはぬ物ならば。皮衣(かはごろも)のしち(質)返したベ(たまへ)」(『竹取物語』:この「かね」は、少し前に、五十両、と言っており、「両(リョウ)」は重さの単位名であり、貴金属(たとえば金の粒)の量を言っているのかも知れませんが、作用としては貨幣)。