◎「かなぐり」(動詞)

「かになげいり(『彼』に投げ入り)」。「~いり(~入り)」は、驚き入り、その他のように、全く何かの状態になること。「かになげいり(『彼』に投げ入り)→かなぐり」は、何かを、彼方(かなた)へ、どこかあちらの方へ投げ捨ててしまうような動作をすること。障害を払いのけるような動態にもなり、その何かが自己に占有されていればただ投げ捨てるだけですが、占有されていない場合にはそれを占有してどこかへ投げ捨ててしまうような動作をする。その何かの占有が他者に属していた場合、その主体としてはそれを奪われたり引き剥がされたりした状態になる。

「並々の人ならばこそ、荒らかにも引きかなぐらめ…」(『源氏物語』:(そうしているのが源氏ではない)普通の人なら(中将は、空蝉を抱き上げどこかへ連れていこうとしている源氏を)引きむしりどこかへ投げ捨てるような扱いをするだろうが、ということ)。

「腹立ちかなぐりて起くれば、帯刀(たちはき:通称。本名ではない)笑ふ」(『落窪物語』:起き上がることを邪魔していた帯刀を払いのけるように起きた)。

「小女郎は表にはしり出、笠かなぐってほんにそふじゃ嬉しやよふ来てくだんした」(「浄瑠璃」)。

「たがひに笠をかなぐりすて刀に手をかけ…」(「滑稽本」)。

「かなぐりつく」はがむしゃらにしがみつく(これは自分を『彼』に投げ入る)。「かなぐりとる」は力ずくで奪い取る。「かなぐり見る」は睨(にら)みつける(自分を彼』に投げ入るように視線を投げる)。

 

◎「かなき(鉗)」

『日本書紀』白雉四年(653年)の歌にある「かなき」です。これは「くはなき(鍬な木)」。それを首につけると(それが鍬の刃のようになり)人全体が農具の鍬(くは)を思わせる状態になるもの、の意。いわゆる「くびかせ(首枷)」であり、穴の部分で首を挟み出す木製の板状のもの。これは一般に「金木(かなき)」と解され、金属のように堅い木、と言われますが、手枷・足枷をおいて首枷だけが「金属のように堅い木」と言われるとは思われません。漢字では「鉗」と書かれます。

「かなき(舸娜紀)着(つ)け吾(あ)が飼ふ駒(こま)は引き出(で)せず……」(『日本書紀』歌謡115)。

「鉗 ……和名加奈岐 以䥫束頸也」(『和名類聚鈔』:「鉗」は中国の書に「以鐵有所刼束也」「以束頸也」と書かれる字ですから、『和名類聚鈔』のこの説明は「鉗」を(たぶん中国の書で)説明していますし、平安時代の人も「かな」の音により金属と思っていたかもしれません。「」の字に関しては『集韻』に「鐵古作䥫」とあります。つまり「䥫」は「鐵」の古字)。「鐵」の文部省字体は「鉄」。この「鉄」は元来は別字ですが、中国でも英語で「iron」和語で「くろがね(黒金属)」と言われる金属を表す俗字として使われているようです(中華人民共和国の略体は少し違います。「铁」、こんな字)。

「䥫精 カネノサビ 䥫漿同」(『類聚名義抄』(1100年少し前ころ))。「䥫精 テツシヤウ」(『色葉字類抄』(平安時代末期))。この頃に「テツ(鉄)」という言い方が一般化していっているということです。「䥫漿・鉄漿」は一種の黒色塗料で、お歯黒その他につかうものです。