◎「かどひ(誘ひ)」(動詞)

「かとおほひ(香と覆ひ)」。心地よい香で覆った状態にすること。影響を与え、その影響で全体が覆われ、外界との直接影響が遮断されたような状態にすることなのですが、それが心地よく、誘引される香りに包むようになされます。それは、心地よい思いにさせ人を惹きつけ、誘うことを意味する。

「山風の花の香かどふふもとには春の霞ぞほだしなりける」(『後撰和歌集』:「ほだし」は無抵抗にしてしまう、抵抗できなくしてしまう(人がそうされてしまう)、なにか)。

しかし、それは理性を失わせる意味合いが強く、騙す、とくに、騙してどこかへ連れて行く、という意味あいが強くなる。

「『わが年ごろの下人を逃したりつるを、厳島にて見付けてあるを、また江田へかどはれたるなり。うち殺さむ』などひしめく」(『とはずがたり』)。

「詃 ……加止不又久自久」(『新撰字鏡』:「久自久(くじく:挫く)」は無機能化させること)。

「誘 ……コシラフ ヲシフ サソフ …アサムク オ(を)コツル…カトフ」(『類聚名義抄』)。

 

◎「かどはし(誘はし)」(動詞)

「かどひ(誘ひ)」(その項)の他動表現。「Aにかどはし」と言った場合Aへの使役(Aにかどふことをさせ)になるわけですが、「Aをかどはし」という表現、すなわち「かどひ」という動態の本質として他者に働きかける動詞がさらに他動表現化され、何者かがAに「かどひ」をするような、Aとしては「かどひ」をされる表現(つまり受け身表現)、になっている。つまり「Aをかどはし」はAに誘(かど)ひをすること(Aがそうされること)。甘言で人をどこかへ連れて行ってしまったりする。音(オン)は「かだし」にもなる。意味の分かりにくさゆえでしょう、この語はさほど一般化せず、同じような意味の「かどはかし」の方が一般的になります。

「人商人(ひとあきびと)に拐(かど)はされて、かやうになり行き候」(「謡曲」)。

 

◎「かどはかし(誘拐し)」(動詞)

動詞「かどひ(誘ひ)」(上記)に、「おびえ(怯え)」→「おびやかし(脅かし」その他にあるような、動態を発生させる「~かし」がついたもの。「かし」はその項参照。「かどひ(誘ひ)」を発生させる。つまり、人を誘(かど)はれた状態にすること。人を誘拐することを意味します。

「かどはかしまいらせ、御ともしてひでひら(秀衡)のけんさん(見参)に入(いれ)…」(『義経記』)。

「小娘をかどはかし神奈川へ飯盛に売った事」(「浄瑠璃」)。