◎「かぢ(舵)」の語源
「かはとち(「彼は」と路)」。「かは(彼は)」は「あれは…」と何か(どこか)をめざすこと。「と」では思念的に何かが確認される→(そうした「と」の用い方に関して)「おとな(大人)」や「おと(音)」の項。「ち(路)」は目標感のある進行を表現します→「ち(路)」。すなわち「かはとち(「彼は」と路)→かぢ」は、「あれは…」たる目標感のある進行、ということであり、「Aへ「彼は」と路をとる・Aへかぢをとる」といった言い方から「かぢ」が進行方向を左右する(船の)装置を意味するようになった。櫓(ロ)や櫂(かい:「かき(掻き)」の音便)で進行方向を左右する場合、その限りでそれらも「かぢ」になります(すなわち櫓(ロ)や櫂(かい)は「かぢ」とも呼ばれる)。
「吾(われ)のみや夜舟(よふね)はこぐと思へれば沖への方にかぢの音(おと)すなり」(万3624)。
◎「かぢつくめ(楫つくめ)」の語源
「かぢちふくめ(楫路含め)」。「ふくめ(含め)」は「ふくみ(含み)」の他動表現。「かぢちふくめ(楫路含め)」は楫の操作で楫に路(ち:進路)を含ませることであり、舟が望む進路へ進むよう楫を操作すること。
「堀江漕ぐ伊豆手の舟のかぢつくめ(可治都久米)音(おと)しば(しばしば)たちぬ水脈(みを)早みかも」(万4460:「いづてのふね(伊豆手乃船)」は伊豆で作られる様式の舟と解するのが一般。水脈(みを)の流れが早く、望む進路をとることに難渋している)。この語は一般に語義未詳とされています(「つくめ」は「(口を)つぐみ」の他動表現できつく締めることだと言う人もいます(きつく締めたのでひどく楫の音がするということらしい)。しかし、楫がつぐむ、の意味がよくわからない)。
◎「かぢ(梶)」
「きはつひ(黄葉つ火)」。「つ」は助詞。これは樹木たる植物の一種の名ですが、一般的な形状の葉もありますが、この植物の葉は虫に食われたように変形することが特徴的であり、それはまるで炎のような形状になります。秋、黄色く黄葉したそれが「きはつひ(黄葉つ火)→かぢ」。すなわち、黄色い葉の火、の意。現代では通常は「かぢのき(梶の木)」と言います。この樹木の葉は墨がよくのり、古くはこれに文字を書いて文(ふみ)にしたりもしたそうです。「葉書(はがき)」という言い方はけして雅(みやび)な表現ではない。本当に書いた。それゆえ、願い事を書いたりもし、「かぢのは(梶の葉)」は七夕のイメージを広げる語にもなりました。
「榖 …和名加知 木名也」(『和名類聚鈔』(原本は930年代):この(樹木たる「かぢ」を意味する)「榖」の字は「穀物(コクモツ)」の「穀」の字とは微妙に違う(日本の出版物やネットでは同じ字で、穀物の穀で、入力されているように思います。国立国語研究所のサイトでもそうなっています(少なくとも2021年4月3日現在は(下記※))。たぶん、パソコンやスマホのディスプレーで見ただけではわからないでしょうけれど、穀物の穀は左下が「禾」ですが、樹木を表すこの字は「木」の上に横棒の入った字。樹木名として用いる「禾」の方は正字の誤字たる俗字ということでしょうか。ただしここでそれによった元和三(1617)年の『和名類聚鈔』の表掲字では「木」の上の横棒がない) 。 (参考)「榖 玉篇云楮 都古反 榖木也唐韻云穀 音穀和名加知 木名也」(『和名類聚鈔』(元和三(1617)年本。原本の成立は900年代前半):「榖」の音(オン)は(穀物の)「穀」の音(オン)だと言っている)。ようするに、樹木名たる「かぢ」の漢字表記は「榖」と「穀」で混乱が起こっているということです。
「楮 …カチノキ」「梶 …カチ」「榖 …カチ」(以上『類聚名義抄』:現実には『類聚名義抄』(1000年代末頃)のこの「榖」の字は右上が「口」になり左下が「示」になっている。日本で「かぢ」と呼ばれる樹木は中国語では、先記の「榖(コク)」もありますが、一般的には「楮(チョ)」(「榖」と「楮」の関係に関してはある書に「皮白者榖,皮斑者楮」と書かれる)。「楮」は日本での読みは「かぢ」か「かうぞ」。紙の原材料が意識されている場合は「かうぞ」。「かぢ」と「かうぞ」は同じ樹木の別名のような状態になっているのが現実です(識別が困難なのです。その結果、通常の樹木として意識されていれば「かぢ」、紙の原材料として意識されていれば「かうぞ」。語としては「かぢ」、漢字表記は「榖」、の方が古いでしょう。「かうぞ」は産業名のようなものでしょう。ちなみに「かうぞ」は「かみそ(紙麻)」。紙の材料、のような語です))。
「穀(コク) カチ 㭕 同 楮(ト) 同 有書カウソ」(『色葉字類抄』(1100年代末成立):括弧内は字の脇に書かれている音読み。つまり「楮」は「カチ」でもあり「カウソ」でもある。ちなみにこの『色葉字類抄』のこの掲字は穀物の穀の字になっている)。
この語の語源説としては葉の形が舟の「かぢ(楫)」に似ているからというものがありますが、はっきり言って、似ていません。
「梶(ビ)」という漢字表記に関しては、木の名たる「かぢ」は船装置たる「かぢ(楫)」と同音なので(木偏もついていますし)後に日本では「梶」と書かれるようになり、漢語「梶(ビ)」は『集韻』に「木杪也」とされ、「杪」は『廣韻』に「梢也,木末也」とされ、「梢」は『廣韻』に「船舵尾也,又枝梢也」とされる字。つまり「梶」は船装置の「船舵尾」(かぢ)になり得る。
※ なぜそうなるのでしょうか。一般のワープロソフトの漢字転換で「かじ」では正字は出ないので、穀物の穀と思い込んで入力しているということでしょうか。「こうぞ」(楮)なら正字で転換可能なのですが。