「かたわき(片湧き)」。「かた(片)」はその項参照(3月14日・昨日)。それは二で完成する関係の一を意味する。「かたわき(片湧き)→かたき」は、それが居ること(出現したこと)により自分が二で完成する関係の一になる(自分に「かた(片)」が湧(わ)く)それ。そういう関係になった人。つまり、それがある(その人がいる)ことで全体が完成し全体の中の自己が完成したわけです。古くは配偶者(結婚相手)を「かたき」、また親しい遊び相手や碁の相手も「かたき」、と言ったりしました。これが恨みを晴らすことで完成感が生じるような相手まで「かたき」と言うようになるわけですが(→「おやのかたき(親の敵)」)、これは、それまで全体の世界にいた自分が恨みある相手によって「かた(片)」へと逐(お)いやられたような思いになったということでしょう。

 

「両 …フタツ フタリ カタキアリ」(『類聚名義抄』)。「隻 …ヒトリ…カタキナシ ヒトツ」(『類聚名義抄』)。「𡭊 ……タク(ぐ)ヒ…カタキ…」(『類聚名義抄』:「𡭊」は「對」の古体。「對」の文部省字体は「対」)。

「露深き袖にひえつゝあかすかなたれ(誰)長き夜のかたきなるらむ」(『蜻蛉日記』:単なる、相手)。

「聟 …雙之皃 乎不止又加太支」(『新撰字鏡』:これは配偶者の意。男も女も言う。「乎不止(をふと)」は「をひと(男人)」であり、後に「をっと(夫)」になる語)。

「『かたきを得むずるやう(様)は、比叡の中堂に常燈を奉り給ひ…』」(『宇津保物語』:これは「妻(め)とすべき人」を探している男に対しある僧がこういう助言をしている)。

「碁盤召しいでて、御碁のかたきに、召し寄す」(『源氏物語』:碁の相手)。

「『……なほ顔にくげならん人は心憂し』とのみのたまへば、ましておとがひほそう、愛敬(アイギャウ)おくれたる人などは、あいなく(否(いや)も応(おう)もなく)かたきにして、御前にさへぞあしざまに啓する(言う)」(『枕草子』:漠然と抵抗感が生じている相手。気に入らない人)。

「源氏の陣の遠火の多さよ。げにもまことに野も山も河も海もみなかたきでありけり」(『平家物語』:合戦の相手)。

「治部卿のぬし、太刀を抜きかけて、『汝等が首を、ただ今取りてむ。汝等は我がかたきとする大臣の方によりてはからしむる奴なり』と言ひて…」(『宇津保物語』:一般的な戦いの相手。恨みがあったり憎しみを抱いたりしている人)。