◎「かすり(擦り)」(動詞)

「こやすり(小鑢り)」。工具たる「やすり(鑢)」の動詞化。「こ(小)」は、工具の物的小ささではなく、動態・作用の小ささを表現する。すなわち、弱く、かすかに触れて過ぎるということであり、その触れは弱く、社会的・意味的に触れるような触れないような事象を起こすことも表現し(言動でなにごとかをほのめかしたりする。その「なにごとか」にかするわけです)、また、それにより触れられた何かから、それほど大量にではないが、何かが少し(たとえば利益の、本質を破壊しないような表面部分を)とられる、さらには、とられ、過ぎた何かに占有されてしまう、という意味にもなる。これはさほど古い語とも思われません。室町時代(戦国時代)頃かもしれません。

「咯血(カクケツ) 喉ヲカスリ出ル血ナリ」(『病名彙解(ビャウメイヰカイ)』1600年代後半の、病気に関する書:喉表面を鑢(やすり)でサッとこすったようにして出る血、ということでしょう)。

「天智天皇の歌をかすりてよみけるを聞は」(「咄本」:天智天皇の歌に触れてはいるのだが、明瞭に、これは天智天皇の歌だ、と言いうるものにはなっていない。ただ、ほのめかすようにそれが感じられる。これは、天智天皇の歌から少し盗む、のような意味にもなる)。

「御声の少しかすりたるこそ気の毒なれ」(「評判記」:これは後には「声がかすれ」と下二段活用の言い方が一般になります)。

 

◎「かすれ(擦れ)」(動詞)

「かすり(擦り)」の客観的対象を主体とした自動表現であり、受け身になる(なぜ受け身になるかは「みえ(見え)」の項)。すなわち、かすられた状態になること。表面を鑢(やすり)が軽く触れた通り過ぎていった状態です。文字がかすれ、の場合、文字を現す色素体がそれにより全体的に薄く削り去られたようになったり、声がかすれ、の場合、磨き上げられたようなつややかさのある声ではなく、鑢(やすり)でこすれられたような、表面的な肌触りとして細かな擦過障害感が感じられる、雑音が入ったような声になっている。

 

◎「かすゐ(拘束ゐ)」(動詞)

「かしゆひ(枷結ひ)」の音変化。「かし(枷)」は拘束具(その項・2月21日)。その枷(かし)で結ふ、とは拘束状態にすることを意味します。これは「彼の王をかすふべし」のように、終止形は「かすふ」で現れます。また「ゐ」の一音で表現される「ゆひ(結ひ)」の意味全体が保存され上二段活用になる。すなわち、例えば受け身は「かすゐられ」になる(たとえば「かすわれ」にならない)。また、終止形が「かすふ」で連用形が「かすゐ」で現れていることにより、この動詞の活用語尾はワ行なのかハ行なのかといった議論も起こっています。

「百済、奴須久利(ぬすくり:人名)を捉(かすゐ)て、杻(あしかし)械(てかし)枷(くびかし)鏁(かなつがり)して新羅(しらき)と共(とも)に城(さし)を圍(かく)む」(『日本書紀』:「かなつがり(金鎖り)」は、金属による連結、ということであるが、鎖による拘束状態においたのでしょう)。(『日本書紀』)。

「秋七月十三日に、蘇将軍(唐の武将)の為に捉(かすゐ)られて唐国に送去らる」(『日本書紀』)。