◎「かくり(隠り)」
「かききえいり(かき消え入り)」。「かけいり」のような音を経つつ「かくり」になった。「かき」は「かき消し」その他にあるそれ(→「かき(掻き(交き))」の項・1月27日)。「かききえいり(かき消え入り)→かくり」は、情況全的に存在が消滅し入(い)ること。
「青山に日がかくらば(迦久良婆)…」(『古事記』歌謡4)。
「やすみしし わが大君の隠り(かくり:訶勾理)ます 天(あま)の八十陰(やそかげ)…」(『日本書紀』歌謡102。大君が「御隠れ」になると崩御があったようにも聞こえますが、これはそういう歌ではありません。天(あま)に隠れてしまうほど高く尊いという意)。
この動詞は語尾E音による客観的主体の自動表現化が起こり「かくれ(隠れ)」に(下二段活用に)なります。ただし下二段活用の「かくれ(隠れ)」は奈良時代からあります。
「君がすむやどのこずゑをゆくゆくとかくるるまでもかへりみしやは」(『大鏡』)。
「妹が門(かど)いや遠(とほ)そきぬ筑波山かくれぬほどに袖は振りてな」(万3389:筑波山が隠れ見えなくなってしまうほどに(筑波自体が妹が門(かど)であり、それが遠ざかり隠れ見えなくなってしまうほどに)袖をふりつづけよう)。
「春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる」(『古今集』:香はかくれているのでは…)。
人の死を、直接に表現しない、婉曲的な表現としても、とくに高貴感のある人に関して、用いられる(ただし、この意味では、隠れ、とは言っても、隠り、とは言わないのかもしれません)。
「矢(や)に中(あた)りて立(たちどころ)に死(かくれ)ぬ」(『日本書紀』神代下:この「死」は「しぬ」とも読まれていますが、この主体は神であり「かくれ」の方がよいでしょう。神の場合は通常「かくれ」や「まかり」と言い、「しに」とは言わない)。
「母にはべりし人は、やがてやまひづきて、程もへずかくれ侍りにしかば」(『源氏物語』)。
◎「かくし(隠し)」
「かくり(隠り)」の他動表現。「うつり(移り)」(自動)・「うつし(移し)」(他動)のような表現類型により、動詞語幹にS音の動態感を生じさせることにより他動感を生じさせた。何かを隠れる状態にすること。真相を隠す、という意味で、騙(だま)す、のような意味で言われることもあり、「かくれ(隠れ)」が死を意味することがあることから、「かくし(隠し)」が埋葬を意味することもあります。
「三輪山をしかも隠すか雲だにも情(こころ)あらなもかくさふべしや」(万18:「かくさふ」は「かくしはふ(隠し這ふ)」。隠す情況を現すこと)。
「せめてその御亡骸(おんなきがら)なりとも尋索(たづねもとめ)て、かくすべく思ひながら」(『椿説弓張月』(読本):これは埋葬を意味する。遺体を隠蔽するわけではありません)。