◎「か(香)」
「いきは(息『は』)」。「きは」は「か」になり、「い」は無音化した。「いきは(息『は』)→か」は、息を『はー』と吐くこと、吐いたその息、ということですが、たとえば「桃のいきは(息『は』)→桃のか」と言った場合、桃に息を吐きかけるわけではなく、桃が呼吸し息を吐いている。人は誰でも常に呼吸しており、この表現は呼気の(人においては吸気の)嗅覚刺激を思わせる。すなわち「か(香)」は嗅覚を刺激すること、(目には見えないが)刺激しているもの、を意味する。誘引性のある心地よい嗅覚刺激も、拒否感や嫌悪感のある不快な嗅覚刺激も、どちらも意味しますが、後には嗅覚刺激を意味する雅語のような状態になっていき、嗅覚刺激の一般的な表現は「にほひ(匂ひ)」になっていきます。
「飼部等(うまかひら)の黥(めさきのきず:目のあたりの入れ墨)の気(か)を悪(にく)む」(『日本書紀』:この少し前に、伊奘諾神(いざなきのかみ)が祝(はふり)を通じ「血の臭きに堪(た)へず」と告げたとある)。
「梅の花香(か)をかぐはしみ…」(万4500)。
◎「か(蚊)」
「かや(痒や)」。「かや(痒や)」(下記)になるもの、痒(かゆ)くなるもの、の意。この虫に吸血されると痒くなる。昆虫の一種の名。「蚊……和名加」(『和名類聚鈔』)。
「ねぶたしと思ひて伏したるに、かのほそ声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく」(『枕草子』)。
「かや(痒や)」は「けはや(気逸)」。自分の「け(気)」が逸(はや)る(興奮昂進しいら立つ刺激を感じている)状態であること。日常的にはほとんどの場合皮膚感覚としてそれを感じる。痒(かゆ)さを表現する。
◎「かゆし(痒し)」(形容詞ク活用)
「かやうし(痒や憂し)」。「かや(痒や)」は上記。痒(かゆ)くて鬱陶しい状態であること。
「眉かゆみ思ひしことは君にしありけり」(万2809:眉が痒くなり思ったことはあなただった。眉が痒くなると思う人がやって来るという俗信があったようです。「かゆみ」は「かゆし」の語幹による動詞。痒い状態になること)。