昨日で母音が終わりました。明日から子音に入ります。

語音による語源解説ということなのですが、では、なぜそのようなことをやっているのかというと、それは、日本語がどういう言語かを知るためであり、それを知れば自覚し理性的に日本語が守られ、それが喪失していく自覚さえないままに日本語が喪失していくことのないようにするためです。理性的に確認されていない場合、言語は喪失したという自覚もないまま喪失していきます。そうしたことがないようにネットに残しておこうということです。

人類の言語は、その言語音の特性として三種類しかありません。すなわち、片脳型(言語脳、多くは左脳、型)言語、と、全脳型言語、と、どちらともつかない中間型言語。片脳型言語は片脳(言語脳)が言語音の反応中枢になります(脳ニューロンの反応としてそうなります)。全脳型は全脳が中枢になります。中間型言語も広い意味で片脳型(言語脳、多くは左脳、型)言語なのですが、これは上記の片脳型(言語脳型)言語のような言語の存在化が起こりません。言語の存在化とは、言語表現された物や事象が客観的に存在する物体やその事象として現象化する、ということです。たぶん、この中間型言語は自生したものではなく、人とも動物ともつかない時代に、他種族がやっていた言語活動を取り入れたのでしょう。その中間型言語の中にも、言語能力がある主体に取り入れられた言語と言語能力のない主体に取り入れられた言語があり、前者がアラビア語であり、後者は中国語。中国語は時制すらなく、語音が、語音に意味作用がないような変化をします(数千年のスパンでそういう変化をします)。片脳型(言語脳型)言語とは、インド・ヨーロッパ語です。これは英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語その他のヨーロッパ系言語や、イラン語(ペルシャ語)、昔のインドのサンスクリット語などです。全脳型言語とは日本語です。全脳型言語は、事実上、地球上に日本語しかありません。この全脳型言語は、その言語音が、全脳が中枢となって反応します(それが客観的に確認されます)。そういう言語、全脳型言語、の特性をあらゆる語において明らかにし日本語の理性的保存に役立てようとするのがこのサイトです。しかも、メディアやネットにおける「フェイク」が言われ、「alternative facts(オルタナティブ・ファクト):もう一つの事実」(それらは言語表現なのです)が言われる今、インド・ヨーロッパ語の中心的存在になっている英語は真性・正義性を保障し維持する言語として急速にその力を失いつつあります。人類の希望、世界の希望は日本語しかないのではないですか? ほかにありませんよね。