◎「おもぶる(徐)」「おもむろ(徐)」
「おもみゆれゐ(重身揺れ居)」。「みゆ」が前音のM音にも影響されつつB音化している。重い身がゆっくりと動く状態を表現したもの。「おもむる」とも言うでしょう。語尾が終止形「う(居)」になり「おもみゆれう(重身揺れ居)」なら「おもむろ(徐)」になる。「おもぶるに」「おもむろに」は、ゆっくりとした重々しい印象であることを表現する。これは漢文訓読系の表現のようです。つまり、人々の日常会話から生まれている表現ではない。
「おもぶるに語(まを)して…」(『日本書紀』)。「舒 オモフル オモムロ」(『色葉字類抄』)。「舒 ノフ シツカナリ オモフル」(『類聚名義抄』)。「おもむろにたちあがる」。
◎「おもへり」
動詞「おもひ(思ひ)」に完了の助動詞「り」がついたもの。その連用形名詞化。「おもひ(思ひ)」の語尾がなぜE音化するのかに関しては「り(助動)」の項。「おもへり(思へり)」は、思っている情況、何かの思いを表す情況、その情況たること、ということ。思いを表す情況たる「こと」とは、人がその思いを最も豊かに分かりやすく表現することであり、それは顔のあり方、すなわち表情や顔付き、や様子です。
「対(むか)ひて礼(ゐや)なきおもへりなく後には謗(そし)る言なく…」(『続日本紀』宣命)。
「もの悲しらにおもへりし…」(万723)。
「…吾妹子がおもへりしくし面影に見ゆ」(万754:この「おもへりしくし(念有四九四)」は「おもへりいしくし」の「い」が書かれていないのでしょう。「いしく」はシク活用形容詞「いし」の連用形。形容詞「いし」の意味するところは多様ですが、美しく、や、すぐれて、といった意味もある。「おもへりいしくし」は、様子がすぐれて美しく、の意。最後の「し」は副助詞と言われる「し」(→「し(助)」の項(※1下記)。ここは一般に、あなたの物思いに沈んでいたさまが面影に現れてくる、などと解されています。思っていることが面影に見える、という解釈でそうなっています(※2下記)))。
※1 この「し」は一般に、指示的に強調する、と言われていますが、起こっていることは強調ではないです。どうしようもない運命必然性のようなものを表現します。
※2 「思ひ」に完了の助動詞「り」がついて「おもへり」、これに過去の助動詞「き」の連体形「し」がついて「おもへりし」、それのク語法が「おもへりしく」で、最後の「し」は強調の副助詞と言われるそれだそうです。ちなみに、これを「おもへりしくよ」と読む人もいるようですが、音(オン)が違う場合は違う字を使うと思います。