◎「おびえ(怯え)」(動詞)

「おめひひいえ(臆めひひい得)」。「ひひ」は無音化し「いえ」はY音化している(終止形は「おびゆ」)。「ひひ」は、「ひひき(響き)」のそれにある、非常に周波数の高い残響が浸透して行くような、感覚的浸透感を表現する擬態。「い」は動態が持続的であることを表現する(→「い」の項)。「おめ(臆め)」はその項。臆(お)めてそうした声を発するような状態になることが「おめひひいえ(臆めひひい得)→おびえ」。

「吹き響(とよ)むる小角(くだ)の音も敵(あた)見たる虎か吠ゆると諸人(もろひと)のおびゆる(恊流)までに」(万199:「恊」は「愶」と同意字として使われている。「協」と同意字として使われる「恊」もある)。

「ゆくりかに寄りきたるけはひにおびえておとど(大臣)色もなくなりぬ」(『源氏物語』:「ゆくりかに寄る」はある瞬間湧き上がるような印象で寄る)。

◎「おびやかし(脅かし)」(動詞)

「おびえ(怯え)」によって「おびやかし(脅かし)」という表現も生まれます。「おびえ(怯え)」に、「すべらかし(滑らかし)」「ちらかし(散らかし)」のような、現象を表面発生化させる「~かし」が加わった表現です。「~かし」はその項。「おびやかし(脅かし)」は怯えを発生させること。

「悉(ふつく)に神山(かみのやま)の樹(き)を伐(き)りて、隣里(さと)に叫(さけ)び呼(よば)ひて人民(おほみたから)を脅(おびや)かす」(『日本書紀』:「ふつくに」は、ふと世界が全的に変わったように)。

 

◎「おびれ」(動詞)

「おびひいれ(帯ひ入れ)」。「おび(帯)」は衣類のひとつたるそれ。「ひ」は、ひ弱(よわ)、などのそれのように、弱さや小ささを表現し、この場合は、弱さ・無力さを表現する。「おびひ(帯ひ)」は帯(おび)の弱さ・無力さ。すなわち全体は、おび・ひいれ、ではなく、おびひ・いれ。「いれ(入れ)」は、思ひ入れ、のような、客観的対象の自動表現。「おびひいれ(帯ひ入れ)→おびれ」、すなわち、帯(おび)の弱さ無力さが入っている、とは、たとえば持ち上げても自己をしっかりと維持することなくグニャリと垂れ下がってしまうような無力な状態にあること。眠ることの脱力状態・無力状態にあることも言います。

「やはらかにをびれたるものから、深う由(よし)つきたるところの、並びなくものし給ひしを」(『源氏物語』:やはらかで無力でありながら深く理性的な品格が身についているところの他に並びなくいらしたが)。

「からうじて寝おびれて起きたりしけしき、いらへ(応答)のはしたなさ」(『枕草子』)。

「この勢いにおびれて、山路にかかって逃ぐるを」(「浮世草子」:気力を失い無力化し)。

 

※ なんとなく語音が似た印象なのでこの二語をとりあげてみました。なんとなく語音が似ているので、「おびれ」の意味を「おびえ(怯え)」と同じようなものだろうと考え、「内気でおどおどする」「とまどう。おびえる」といった意味説明をしている辞書もあります。