「おひあしし(覆ひ褪し為)」。語尾は一音化しています。「あし(褪し)」は「あせ(褪せ)」の他動表現。褪せさせること。「(酒を)あさず食(を)せ」(→「あし(褪し)」の項)のような場合は自分を褪せさせ、客観的に表現すれば「あき(飽き)」になるわけですが、この「おはし」の場合は周囲を、環境を、褪せさせ色や光を失わせる。「おひあしし(覆ひ褪し為)→おはし」は、(情況を、周囲を)覆って(周囲全体に影響を与え)、それを褪せさせることをする、その色彩や光を失わせることをする、こと。周囲全体の色彩や光を褪せさせるとは、相対的に、褪せさせたその主体は色彩に満ち光輝いているということです。これがその主体への尊敬表現になる。それにより具体的にどのような動態を表現するかというと、有ることと動くこと、すなわち、居る(ある心情にあることや生存していることも)、や、行く、や、来る、を表現する。平安時代に中心的に用いられた尊敬表現です。

 

「(かぐや姫が)竹の中におはするにて知りぬ」(『竹取物語』:居る、の尊敬表現)。

「『くらもちの御子(みこ)おはしたり』と告ぐ。『旅の御姿ながらおはしたり』と言えば…」(『竹取物語』:来ている、の尊敬表現)。

Aの状態で「おはす」場合は「Aにおはす」という言い方をする。「人ざまもよき人におはす」(『竹取物語』:「よき人」という状態にある)。

これに「まし(坐し)」が加わった「おはしまし」という表現などもある。

「おはし」も「おはしまし」も、独立して用いられることもあれば、何らかの動態に添えその動態の尊敬表現になることもある。「脇息に寄りおはす」(『源氏物語』:寄っていらっしゃる)。「え出(い)でおはすまじ」(『竹取物語』:けして出ていらっしゃらない)。「『人ゐて(率て)おはせ…』」(『和泉式部日記』:誰かを一緒に連れていらっしゃい(誰かを同行させなさい)。以上動態の尊敬表現。「天皇(すめらみこと)大殿(おほとの)に御(おは)します」(『日本書紀』:居る、の尊敬表現)。「天皇(すめらみこと)是(こ)の歌を聆(きこ)しめして感情(めでたまふみこころ)有(おはします)」(『日本書紀』:有る、の尊敬表現)。「天皇(すめらみこと)伊予(いよ)より至(かへりおはします)」(『日本書紀』:動態に添えられた尊敬表現)。以上「おはします」の例。

 

この「おはし」の活用は、基本的にはいわゆる、動詞「し(為)」と同じ、「サ行変格活用」ですが、完全に終始一貫しているわけではなく、江戸時代の否定形に「おはさぬ」(動詞「し(為)」の否定は通常は「せぬ」)が現れたり、それ以前にも命令形に「おはせ」が現れたりもする(動詞「し(為)」の命令形は通常は「せよ」)。語尾は一音化し「あし(褪し)」と言う動詞にも常用される強固な安定性はないのです。

 

※ サ行変格活用:未然形「せ」、連用形「し」、終止形「す」。四段活用は「さ・し・す」。下二段活用は「せ・せ・す」。