「おち(落ち)」の他動表現。「おち(落ち)」はその項(10月11日)。「おとし(落とし)」の意味は、何かに「おち(落ち)」を生じさせること。「晴れ」→「晴らし」、「溶け」→「溶かし」、「癒え」→「癒やし」その他のように、連用形語尾E音(下二段活用)の自動表現の他動表現はその自動表現の活用語尾がA音化し「し」がつきます。連用形語尾I音(四段活用)の自動表現「沸き」も他動表現は「沸かし」、「澄み」も「澄まし」。しかし、「おち(落ち)」(上二段活用)の場合、なぜ、A音化した「おたし」ではなく、O音化した「おとし」になるのでしょうか。「晴らし」「澄まし」などの場合、活用語尾のA音化により表現されている動態の全体化、それゆえの環境化・情況化が起こり、その情況に「し」のS音による動感が作用することによりその情況動感が情況への主動的働きかけとして他動表現になるわけですが、「おち(落ち)」の場合、「お」は言語主体の動態を表現しているわけではなく、それは動態の目標感であり、動態は活用語尾に小さな物語のように圧縮している(→「おち(落ち)」の項)。その活用語尾の物語がA音化した場合、T音(「落とし」)であれH音(「生ほし」)であれG音(「過ごし」)であれ何であれ、その物語としての意味が喪失してしまうのです。そこで、情況化もし、その動態に遊離した(独律した)存在感のあるO音に、その物語としての動態の保存を委託する。それがなし得る手段として最適だったのです。I音E音U音では情況化が生じない。かといって方法がないわけではない。O音がある。その結果O音が選択され、活用語尾はO音化した。上二段活用動詞とはそういうものであり、そういう成り立ちの動詞がその活用変化の特異性から「上二段活用」の動詞と言われているのです。上記「生ほし」「過ごし」のほか、同類の表現で「降ろす(下ろす、とも書く)」があります。「起こし」(起き、は上二段活用)のその活用語尾O音化は質を異にし(→「起こし」の項)、「伸ばし」(伸び、は上二段活用)は独自の成立による他動表現であることによるA音化、「懲らし」(懲り、は上二段活用(下記※))は、もその活用語尾O音化は質を異にし(→「懲らし」の項)、「満たし」「浸(ひた)し」の「満ち」「浸(ひ)ち」は元来は四段活用。
※ この「懲(こ)らし」は、目を凝(こ)らし、のそれではないです。「懲(こ)り:後悔」を生じさせる、という意味の「懲(こ)らし」という表現がその昔ありました。