◎「おそひ(襲ひ)」(動詞) (1)の語源
「えふせおひ(驚伏せ覆ひ)」。「えふ」が「お」に(E音U音の母音連音がO音に)、「せお」が「そ」になっている。「え」は驚きの発声(→「え(驚)」の項)。その「え(驚)」を伏せて(閉じ込めるような状態にして)覆(おほ)ふ(対象に対し全的に作用する)、とは、何かに、予想のない意外感を生じさせつつそれに全的に影響を与えること。何かに、その意思が無視された状態で、「おひ(覆ひ)」が強行的に遂行されるわけです。
「乃(すなは)ち自(おのれ)機(おし)を蹈(ふ)みて壓(おそ)はれ死(し)ぬ」(『日本書紀』:「機(おし)」は獲物を圧殺する罠)。
「蘇我臣入鹿………山背大兄王等を斑鳩に掩(おそ)はしむ」(『日本書紀』)。
「不安におそはれる」。
◎「おそひ(襲ひ)」(動詞) (2)の語源
「おほせおひ(大背負ひ)」。何かを背全的に負いその何かに覆われ包まれるような印象になること。
「一の大象を装(おそう)て、上に宝帳を施せり」(『三蔵法師伝』)。「髪冠して純帛を襲(おそふ)」(『大日経』:「帛(ハク)」は、きぬ(絹))。
地位・家系などを受け継ぐことも「おそふ(襲ふ)」と言います。漢語の「世襲(セシフ)」「襲名(シフメイ)」などにあるそれですが、この用法には、中国語の「襲(シフ)」には、重ねる・重なる、という意味があり、それが「襲」と書かれ、それは意味的にも(立場を身にまとうようで)「おほせおひ(大背負ひ)」の「おそひ」にも似、「おそひ」と言われるようになったのかもしれません(下記※)。
何か(たとえば車)全体を覆う覆い、屏風全体をおおうようなその縁(ふち)、冠(かんむり)、馬の鞍、などが「おそひ」と言われることもあります。
※ 中国語にも「襲撃」「奇襲」といった意味の「襲」もあれば「世襲」「踏襲」といった意味の「襲」もあります。つまり中国語の「襲」は「えふせおひ(驚伏せ覆ひ)」の「おそひ」も「おほせおひ(大背負ひ)」の「おそひ」も、どちらもをそこで起こっていることを客観的に表現しているような語になるわけですが、衣服で身を覆う、それを着る、という意味の「襲」(つまり、「襲」ではなく、上記の「装」(『三蔵法師伝』)で表現されるような「おそひ」)は中国語にはないように思われます。