◎「おずし」(形容詞ク活用)

「おにしうし(おに為憂し)」。「おに」は「おに(鬼)」(→その項)なのですが、この「おに(鬼)」という言葉は、何かに熱中・没頭する、という意味でも、激情的であること、極度に興奮状態にあることを意味する語として相当に古くからあったものと思われます。やがてそれが、人間のようではあるが人間ではなくなり未知の影響力をもった得体のしれない恐ろしいものを現し漢字で「鬼」(中国語では死霊・亡霊を意味する)とも書かれ、仏教における地獄の思想にも影響されその地獄の獄卒のイメージにも重なりのちの「鬼(おに)」の印象が形成されていきます。そうした「おに(鬼)」のイメージが出来上がるのは平安時代ではあろうけれど、一般的意味における「おに」(→「おに(鬼)」の項)という言葉はそれ以前の相当に古くからあったでしょう。「おにし(おに為)」はそうした一般的意味での「おに」の状態(激情的状態)になることであり、「おにしうし(おに為憂し)」は、それ(激情的であること)が憂鬱さを感じさせる情況であることを表明しています。

「(仁徳天皇は)大后のおずきに因(よ)りて八田若郎女(やたのわきいらつめ)を治め賜はず」(『古事記』:大后の(特に嫉妬の)気性が激しく仁徳天皇は八田若郎女を后として遇しなかったということ)。

「け高う世のありさまをも知る方すくなくておふし(生ほし)立てたる人(育てた人)にしあればすこしおずかるべきことを思ひ寄るなりけむかし」(『源氏物語』:ここに「すこしおずかるべきこと」とは入水自殺を言っています。気高く世間知らずで激情的な人だからそうなるということか)。

 

◎「おずまし(悍し)」(形容詞シク活用)

「おずみああし(おぞみああし)」。「おずみ」は形容詞「おずし」(上記)の語幹による動詞化表現。「ああ」は嘆声。「おずし」の状態であり嘆声が出るほどだ、ということであり、受け入れがたい限界にいたるほど「おずし」なのです。たとえて言えば、鬼(おに)のようになる状態への嘆声。聞いた感じは「おぞまし」に似ていますが、別語です(「おぞまし」の母音交替だという人もいます)。

「『……かの乳母こそおずましかりけれ。つと添ひゐて護りたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべくこそ思ひたりつれ』」(『源氏物語』「東屋」:この「おずまし」は「おぞまし」ともされていますが、「おぞまし」では意味がおかしい。気性が激しかったのです)。

「人聞きもうたて(嫌で)おずましかるべきわざを」(『源氏物語』「夕霧」:「おずし」(上記)の項に入水自殺を「おずし」と言っている例がありますが、その表現に似ています。ここでは出家をそう言っている(この部分は異なった読み方もなされています))。