◎「いらなし」(形ク)(1)
「いらになし(高似無し)」。「いら(高)」(3月24日)に関しこれに似たものは無い、それほどに「いら(高)」だ、の意。印象が突出感をもって秀でていること。一般的に動態・情態・状態の特性が特別感をもって秀で印象深かったり、自分を見る人の目が特別感をもって鋭く刺さるような印象であったり、何事かをする人の態度が特に目立つ印象でわざとらしかったり、刀剣が特に印象深くぎらぎらと輝いていたり、何者かが特に目立って白かったりします。
「天(あめ)の下のいらなき軍士(いくさ)なりとも」(『宇津保物語』)。「いらなうたへがたく嶮しき道」(『打聞集』)。「いらなく白き(猿)」(『宇治拾遺物語』)。「いらなくふるまひて」(『大鏡』:態度がおおげさでわざとらしかった)。
◎「いらなし」(形ク)(2)
「いらなし(高無し)」。高く秀でた部分が無い。印象がみじめになったりしていることを表現します。「わがさまのいといらなくなりにたるを思ひけるに、いとはしたなく」(『大和物語』)。「父公が楚(いらなき)目は見せじとしたまひし」(『東大寺諷誦文稿』:「楚」には、いたむ、や、かなしむ、という意味がある)。「后の宮もいといたう泣きたまふ。さぶらふ人々もいらなくなむ泣きあはれがりける」(『大和物語』)。
この形容詞のク語法による「いらなけく」(いらない(高無い)状態で)という表現もあります。「痛(いた)けくの日に異(け)にませば かなしけくここに思ひ出(で) いらなけくそこに思ひ出(で)…」(万3969)。
これは動詞「いり(要り)」の否定表現「いらない」とはもちろん無関係。