「いねはき(い音吐き)」。「い」は馬の鳴声の擬音。古く、馬の鳴声は「い」と表現しました(下記※)。「いいいい」と鳴いたわけです。「いねはき(い音吐き)→いなき」はそうした音声を吐くこと。「いななき」とも言いますが、これは「いなきなき(い鳴き鳴き)」の「き」の脱落。「なきなき(鳴き鳴き)」は連続的な印象で鳴くこと。
「かたがひの駒(こま)や恋ひつついなかせんとおもふばかりぞあはれなるべき」(『蜻蛉日記』:「かたがひ(片飼ひ)」は不完全な飼い方。恋ひつついなかせむはかたがひの駒(こま)や、という倒置表現・係り結び)。
「何しかもあしげの馬(大分青馬)のいなき立ちつる」(万3327)。この万3327は今は一般の読みに従って「あしげの馬(うま)」としましたが、原文の「大分青馬」は、「わけ(分)」のA音化を、大きくなる、と表現したところの「わかあをうま(若青馬)」(少し成長した青馬(幼馬))でしょう。この歌の反歌・万3328に「衣袖大分青馬之」という表現があり、これが「ころもで あしげのうまの」と読まれていますが、これは「ころもで わかあをうまの」でしょう。「ころもで(衣袖)」が「わ」に係るのは袖が「わ(輪)」になるからであり、「ころもでの」の「まわかのうら(真若の浦)」(万3168)への係り方に同じ。また、この万3327の原文第八句・十句にある「飼旱」は「かひほし」であり「かひおほし(飼ひ生ほし:飼い育てること)」。「旱」の字が用いられているのは、馬が草や水が与えられているのに飢え乾いたようになっているから(これは挽歌)。
※ 古く、馬の鳴声は「い」と表現しました。万2991に「馬聲蜂音石花蜘蛛荒鹿」という原文があり、これは「いぶせくもあるか」と読みます。「馬聲」を「い」と表現している。「馬聲」を「い」、「蜂音」を「ぶ」、「石花」は、亀(かめ)の手(て)、とも言われる海洋性生物で「せ」と読む。「蜘蛛」は「くも」。