動詞「いとひ」には「いとひ(厭ひ)」と「いとひ(庇護ひ)」があり意味が違います。
・「いとひ(厭ひ)」。「いたおひおひ(痛生ひ逐ひ)」。「いたおひ (痛生ひ)」を逐(お)ふ。心痛(あるいは不快)が生じ(心痛・不快を感じ)その原因を自分から逐(お)いやり去らせようとしたり、それから離れ去ろうとしたりすること。つまり、「いとふ」が「きらふ(嫌ふ)」のような意味になります。「(老人は)か行けば人にいとはえ(いとはれ) かく行けば人に嫌(にく)まえ(にくまれ)…」(万804)。「いとふことなく拾ひ集め」(『源氏物語』)。「世をいとふ」が出家を意味したりもしました。
・「いとひ(庇護ひ)」。「いたおひおひ(痛生ひ負ひ)」。「いたおひ (痛生ひ)」を負(お)ふ。心痛が生い(心痛を感じ)それをなくすため負担を負うこと。庇(かば)いいたわること。「お客のためにならねえとか言って客人をいとふ」((太鼓持ちが)むやみに金をつかわせまいと客を庇(かば)う)。「太夫(タユウ)どの……いかふ半介が身に成ていとふてやらしゃる」(「浮世草子」)。ただし、こちらの「いとひ(庇護ひ)」は、嫌(いや)だという意味のそれではなく、胸が痛むような思いがするという意味の方の形容詞「いとほし」から、それが動詞「いとひ」によるもののように受け取られ、生じたのかもしれません。つまり、嫌だ、と思う方の形容詞「いとほし」は上記の「いとひ(厭ひ)」から生じ、こちらの「いとひ(庇護ひ)」は心痛が生じる方の形容詞「いとほし」から生じたのかもしれません。
この二種の「いとひ」とおなじような二種が形容詞「いとほし」、その動詞化「いとほしみ」にもあります。