◎「いくひ(射ひ)」(動詞)

「いくひ(射交ひ・射侵入ひ)」。侵入感を表現する「く」による動詞が対象Aを対象Bに侵入させる(入れる)という意味で用いられています。「くひ(杭)」もそうした用い方による語。「いくひ(射交ひ)」は射て刺(さ)すこと。「公卿大夫及び百寮の諸人……西門の庭に射(いくふ)」(『日本書紀』:これは儀式的な矢の射です。つまり、人や動物を殺したりするわけではなく、かといって意味なくただ発射するわけでもなく、射て何かにうち入れること、ということでしょう)。

◎「いくみ(憤み)」(動詞)

「いけいみ(生き忌み)」。「けい」が「く」の音(オン)になっています。「いけ(生け)」は「いき(生き)」の語尾E音化が客観的な対象を主体とする自動表現になっている。生きている、生(なま)で、生々(なまなま)しく本当に、まったくの現実としてありありと、という意味になります。「いけいみ(生き忌み)いくみ」は、生々しく、ありありと、忌む。忌み嫌う、という意味になります。ちなみに、後世の「いけすかない(いけ好かない)」などの「いけ」もこれです。

まったく同じような表現で「いくび」もあります。これは「いくみふみ(憤み踏み)」でしょう。「ふみ(踏み)」は実践することを意味します。つまりこれも現実的にありありと忌み嫌うこと。

「(中臣鎌子連(なかとみのかまこのむらじ)は)蘇我臣入鹿(そがのおみいるか)が君臣(きみやつこらま)長幼(このかみおとと)の序(ついで)を失(うしな)ひ社稷(くに)を窺(うかが)ふ権(はかりごと)を挟(わきはさ)むことを憤(いく)み」(『日本書紀』皇極天皇三年正月:「君臣(きみやつこらま)」の「らま」は、何かに関し(この場合は悲嘆的な)感動状態にあることを表現する句。君臣(きみやつこ)、ああ…、長幼(このかみおとと)の…、のような表現。なお、「うかがふ」の原字は門構えに「視」の旧字体が入った字と「偸」の旁が入った字の二字ですが、PCの漢字セットにありません)。

◎「いくみ」の語源

『古事記』歌謡91に「いくみは寝(ね)ず」という表現がありますが、この「いくみ」は「いくふみ(幾踏み)」でしょう。「ふみ(踏み)」は実践することを意味します。この「いくふみ(幾踏み)」は、幾度も、の意。