「ありそめ(有り染め)」。「あり(有り)」はその動態や状態が一般的であること(→「あり(有り・在り)」の項)を意味します。「そめ(染め)」は後世では「髪を染(そ)め」といった言い方が一般的ですが、歴史的には、他動表現も、客観的な対象を主体としたような自動表現もあります。自動表現の場合は意味は「そまり(染まり)」と変わりません。「ありそめ(有り染め)」の場合は自動表現であり、染まり続け、夢中になり続け、沈溺し続けること。ずっと染まっていること。「ありそめけることなれば」(染まり続けていることなので、ずっとそうなので)。
この「そめ」は「かきぞめ(書初め)」などにあるような「そめ(初め)」ではありません(「初(そ)め」だとする辞書もあります)。「初(そ)め」だとした場合「今始めたる事ならばこそあらめ、ありそめにける事なれば…」(『源氏物語』:今始まったことならあるだろうが、有り始めた事なので…)などは表現がおかしい。ここで言っていることは「今始まったことならあるだろうが、ずっとそうなので…」ということです。そもそも「そめ(初め)」という動態が一般的で持続的・永続的、という表現、ずっと始め続けるという表現自体が異様です。
ちなみに、古くは四段活用の「そみ(染み)」もあります。これも自動表現。意味は「染(そ)まり」。否定なら、たとえば「染(そ)まぬ」(染まらない)。連用形なら、たとえば「染(そ)みて」(染まって)。