お世話になったみなさま、今年も1年ありがとうございました。

また来年も僕も含めみなさんが益々元気で充実したチャレンジできる年になり、一つでも前進できますように。引き続きよろしくお願いいたします。

長船

Thank you for all i related with in this year. I wish you and l could be energetic,keep your health and challenge for ourselves as much as you can. i hope we will still spend our time and work with you all next year again. Thank you and Happy New Year for all!

Tetsuya Osafune



以下は、2013年~2014年の記録として。


いいことも、きついことも、迷惑をかけたことも、助けていただいたことも、Happyなことも、サプライズなことも、多くの出会いもありましたが振り返ると有り難い経験を多くし、自分でも一生懸命あがいて、あがきっぱなしであいかわらずだなと思うが、最高の1年だった。

今サイバー・バズで僕が進めているプロジェクトのゴールとそこまでの道筋はもう明確に決めて、今スタートしたばかりなのでまだ振り返る段階ではない。CA本社やCB、その他周りにあるいいお手本を参考にして、地に足を着けた"商売"をしながら、単なるシステムやオペレーションの輸出とローカライズのプロジェクトで終わらないこの先必要とされる形で、日本からも日本以外からも増え続ける資本と人の移動とマーケットの変化を真ん中で取り込んで、このエリアでの一つの必要なインフラ的サービスを提供するプロジェクトにしたいし、そういうプロジェクトに共感する仲間を多く見つけたい。

個人の人生には限りがあるので、自分が次に繋げたい何かをみつけて、繋いでいくのが
本来の役割と思うが、今年はもがいたりあがいたり助けていただいたり新しいチャンスをいただいたり勉強したりしていく中で、僕なりにいくつかの繋げて残していきたいものが見つかってきて、喜んでいて、エネルギーも集中できる状態になってきている。ぶれずに集中してやる。

あと繋ぎ方や、残し方もぼんやりと出てき始めて、まずは全部出来る限りトライすること。

Seminyak→Ubudと1人休暇をとって、UbudではAirbnbというサービスで宿泊先を決めるということをやってみたところ、

Airbnb
https://www.airbnb.jp/

オペレーションの順番、部屋という在庫の集め方、オーナーの利用の仕方や主導権の取らせ方などが自分達のサービスにも応用していきたい部分として印象に残った。

僕はAirbnbという今風のサービスによって、Ubudの村のトラディショナルで典型的な家庭(少し裕福なのでしょうか)のすばらしい伝統が残ったお宅のホテル以上の快適な空間とホスピタリティを体験できて最高だった。

結果的に、初めての利用でいいオーナーに出会えたこと、Airbnbという世界に拡がっているサービスを体験することで、今の仕事への応用や、また将来自分が繋いで残したいものへのヒントが得られたので、小規模集団ならではのITの活用の仕方を実体験しながら、作っていきたい。

Airbnbは少し英語が書ければ予約ができ、少し英語が話せればオーナーとコミュニケーションできたり同じタイミングでステイしている仲間とも仲良くなれる。
繋がりが生まれ、幸せな気持ちになる、というサービスでこれからもぜひ利用してみたい。

また自分で部屋をかす意志があればホストとして世界から、自分の所へ仲間がやってくるサービスでもある。



こういうサービスを実際に使ってみたり、歴史を学んで振り返ってみたり、今自分が感じるフィーリング、感覚から自分が関われる範囲の未来を考えてみると、

歴史においては、食料が豊富に準備でき、人が(特にクリエーター層※クリエーターの定義は新しく何かを生み出す人みたいな感じ)集まってくる場所にさらに人やものが集まり、富が蓄積され、繁栄を迎えるというサイクルはまず間違いないと。

もし繁栄したければどうやってそれらが集まる仕組みをつくるか?ということを考えて動く必要があると。
国家戦略、自治体、会社組織、僕のような個人、単位が変われどそれは共通しているが、まずこれまでは相応の資本力や権力や地理的な有利不利が大きくあってどうしようもなかったと、

それがAirbnbというサービス1つを取ってみてもそれは、Ubud/Baliの伝統を守るための収入を個人が得られながら、人や情報が入ってくる、これを知っていて意志があれば個人レベルで少しづつだが世界中から人・物・資本・生の情報を得ることができると。

僕は徳島という田舎で育ち、神戸というハイカラな街で学生生活を送り、
今考えていることの一つは、どうやったら田舎である徳島とダイレクトに他国の都市を直接つなげ、実利的で楽しい交易や交流を行えるかられるか?必要であれば経済的に豊かになって、残すべき伝統を未来へ維持できるか。

もう一つはあの当時あれだけかっこ良かった(今もカッコいいしおしゃれですけど、こんなものでなかったと思う。)阪神間の西宮や神戸の人たち、神戸の街がどうやってかっこ良くあり続けることに貢献できるだろうか?神戸や関学や甲南はスタンフォードやバークリーを超えていけないのか?

実現したい理由は最終的にどちらにももどって住みたいという、超個人的な欲求です。


もう一つはラクロスというスポーツ、この繋がりで得た経験や仲間、先輩、恩師
などにどう僕個人として返せるか、どうやってできるだけずっと近いままでいれるか?一緒に仕事ができたりするか。

もう一つは資本力もコネもないコミュニティや中小企業がどうやって、世界を舞台にチャレンジできるか。
今世界中の都市でおこっているスタートアップのようなものではなくて、マーケットが国の中でとどまっていて、国の盛衰やローカルの市況に左右されるしか無かったコミュニティや組織、家族企業など。

以上は、10年以内に実現できるように今からたねをまいて、進めよう。
サイバー・バズのプロジェクトとして商売をしながら実現出来ることが多いと思う。


2013年を振り返ると今のプロジェクトのチャンスを、インドネシアでいただいたこと(高村さん、近田さんには必ず大きくお返しする、間違いなく榎原さんのサポートとその存在)、またベトナムでの苦くも貴重な経験、迷惑をかけた人や仲間たちとの関わりを経て、その上にこの先未来に繋げていきたいものと、その繋げ方の可能性がずいぶん見つかってきた。

その他、このクリスマスイブに男4人でボルネオの亮介くんや生物学の川井さん、物産の岸くんと話した、もうそんなん考えてるん俺らしかおらんから俺らがやるしかないですよというような熱い男達の勝手な話し、JVの日本人仲間の皆同じ経験をしているであろう進んでは後退しの毎日の地道なトライアンドエラーの繰り返し、タカくんはじめCAグループの仲間との精神的なつながりやサポート、Suryantoさん一家のサポートと時に超法規的なパワー、浅井さんとか益子さんとか安倉さんとかベトナムで出会って常に注目している同年代前後の経営者の人たち、再会したカンさんのような生き方、関さんとしたこれからの働き方についての本の貸し借り、嫁さんや子供が繋いでくれた異国で得た友人、まだいっぱい日本人も日本人以外もいますがチャレンジしているそういう魅力的な人が、茹でガエルになってたまるか!みたいな感じの焦りや、何かを求めて動いていて、一番すごかったのは、その自分の何か分からない可能性にチャレンジしている人たちとの出会いの数と熱量がすごかった。

また現在の世界共通語の英語、ローカル語のベトナム語、インドネシア語の取得は可能性も限界も両方生まれるが自分の目標の実現には間違いなくもっと高いレベルで欲しい。一生学び続けていこう。

2014年も仕事でやると決めたこと、自分が目指したことを、一生懸命やっていこう。
繋がるべき仲間と深く繋がっていく。そういう仲間はいつでも貴重なので大事にする。

妻も子も1年楽しい時間をありがとうさん、また来年もみんな元気で仲良く過ごせますように。
今年も1年お疲れさまでしたー。

<今回の旅の読書>

銃・病原菌・鉄~一万三千年にわたる人類史の謎
ジャレド・ダイアモンド
http://www.amazon.co.jp/銃・病原菌・鉄-ナショナル-ジオグラフィック/dp/4863130023

21世紀の歴史
ジャック・アタリ~未来の人類からみた世界
http://www.amazon.co.jp/21世紀の歴史――未来の人類から見た世界-ジャック・アタリ/dp/4861821959

さて来年は何が見えてくるかな??

Prospect



ついに先週BBlog というブロガーマネジメントシステムをローンチすることができました。
本当に、やったー!という感じです。

ここまで日本の親会社サイバー・バズのエンジニアチームのみなさん、インドネシア側社員や
現地の協力会社、また身内まで巻き込んでの、サービスインになったので、本当にうれしいです。

まだ生まれたばかり、育ててもらう必要がある時期ですが、多くのことを吸収して、ぶつかって泣いて乗り越えて、タフな法人になり持続的に成長できる組織体になりたいです。

みなさんこれから"BBlog"をよろしくお願いします。

木訥LIFE in Ho chi minh-BBlog ロゴ




http://bblog.web.id/special/index1.html

https://www.facebook.com/BBLOGID



なりたい姿はこういう感じ。
いいときもタフなときも過程を楽しみながらゴールに向かいたいです。

5年単位でみたとき、経済的なこのマーケット攻略の必要性は疑う余地はありません。
日本企業だけでなく、世界の企業がしのぎをけずる中、ど真ん中で活躍できる法人に
なりたいと思います。

足下オペレーションを作るだけでも四苦八苦ですが(笑、やりますよ。

まずは、インドネシアでのブロガーやコミュニティーを活用した市場開拓に
興味があるみなさまからのお問い合わせ、よろしくお願いします!


①東南アジア最大規模のコミュニティネットワークをもち、ハブとなる。
-自社BBlog会員15,000人(うち上位1%のプレミアム会員の別マネジメントをする)
-既存の専門コミュニティと連携して提供価値を最大化する。コミュニティにスポンサーを提供し
コミュニティの活動資金や運営それ自体のサポートを行う。

Beauty
Fashon
Food
Travel
IT
Sports
Cosplay& Animation
Photography
Automobile
Music
Movie
Game
Medical
Education(Mam w baby)
Wedding
PR(local media relationship)

一緒に盛り上げたいコミュ二ティはこんなにある。

マーケット指標の推移をみつつ、規模が小さいうちの孤軍奮闘はさけ、パイを大きくしシェアを分け合うことに意識を向けていきたいと思います。そのためには日本資本の会社同士がまずある一定規模のマーケットスタンダードを創る必要があり、少なくともIT連合でその意志を見せていくことをしていきたいです。
それはつまりベトナム人にも、インドネシア人にもお得で、わかりやすいものを示していくということだと思います。

一昔前に日本がアメリカやヨーロッパをキャッチアップして主役になったように、今はアメリカや日本の先進技術に加えて、韓国や中国やシンガポールなどの効率的なマーケットへの導入のやりかたをキャッチアップして行かないと、どうやら日本発企業の多くは裸の王様になりそうです。

いらないものを思い切って捨てて、マーケットに問い、速く再構築する。
というやり方がいいかもしれません。

Sumsungなんかは、前のモデルから次のモデルまでの期間がSonyやPanasonicなんかの何分の1
の期間でどんどん出していくようで、自社モデルをどんどん否定することに変な社内的な躊躇が
ない、ベンチャー的な動きが今のポジションを取れているだと思います。開発した人のプライドとか
開発費とかマーケティングコストとか、実際のマーケットに1瞬で無いものにされるんだ、じゃないと生き残れないんだ、という現実に向き合えるかどうか。

僕たち自身もそういう現実にもち対応しながら、

そんな時に、BBlogはリアルなコミュニティに実際に問える、データを測れる、
現地マーケット攻略のよきパートナーとなりたいと思いますので、
ご相談よろしくお願いしますw。



② ①を活用してサービスとして圧倒的No.1のリーチ効率と態度変容効率を追求する、かつそれを計測可能にする。最新技術との連携と活用、技術の自社での獲得と活用を継続する。

③各国(インドネシア語(インドネシア)、英語(シンガポール、マレーシア、フィリピン)、タイ語(タイ)、ベトナム語(ベトナム)、)言語のブロガーマネジメントプラットフォームをオペレーションする。

④ 2014年度9月期までにインドネシアでNo.1のコミュニティ(インフルエンサー)マーケティング会社になる。会員数、提携コミュニティ数、売上げ額、サービス品質&評判。
2015年9月期で東南アジア最大規模にする。

⑤NASDAQにIPOする。株主に恩返しし、持続的に継続して成長する組織体になる。世界中のコミュニティと深く、機動的につながり経済活動とともに、緊急時の互助活動ができる民間組織になる。

木訥LIFE in Ho chi minh-BinaBlog


今、直近ではTyphoon Haiyan やbattle of Syria、もちろんまだ僕ら日本のFukushimaも、もっと未来をイメージすると技術発展による情報の広がりや人口の増加による、国や宗教の概念の変化がもたらすだろう対立や食料やエネルギーの問題が見えてきます。

そういう世界に僕たちがつなげるコミュニティが何かのよい解決策をあたえられるようになりたいんです。多様性を理解しながら、違いを尊重しながら、国や宗教では解決できない現場の現実をフォローしていけるコミュニティを創り、それを存続させていけるように。

はやくそこまでいけるようにまずは、インドネシアでのBlogger+コミュニティマーケティング会社足下しっかり成り立たせていきます。みなさんいつでも何でもお問い合わせくださいませ~~。

So, Keep going!

Nov 17 2013

Tetsuya Osafune
from PT.Bina Blog Indonesia
「第2幕~ジャカルタ~」

早いもので今はもう6月で今日は6日。僕はインドネシアの首都ジャカルタに辿り着きました。

昨日の午後にこちらに到着して、パートナーと話合をし、設定してくれていた面接を
2件おこなって、一緒に食事もワインもいただいて飲み過ぎて吐く(笑という初日となりました。
そして今日は祝日です。

やり終えなければならない前の役割もまだ残っているので、
東京とホーチミンとジャカルタを5:3:2くらいの割合で移動していて、さすがに
まぶたの二重と目の下の隈がとれなくなるくらいの状態が続いていたので、体的に地理的にはやっと
最終目的地点にたどり着いたという安堵の気持ちが大きいです。いきなり初日吐きましたけど。


さて僕ですが、5月からグループ会社のサイバー・バズにうつらせてもらいました。

社長の高村さん、役員の近田さんに受け入れていただき、
役割を話合い、その他役員の和田さん他メンバーと東京の本社でランチにいったり夜飲みで話をしたり、もちろん日中はアポに同行させてもらったり、5月の締め会では最後のカラオケまでいろいろ交流したり準備をしての今日、ということになりました。
サイバー・バズのメンバーは女性が美しくしっかりもので、男はみんな個性的です。なごやかで華やかな雰囲気ながら、みんなが役割を理解して、シビアに売上げを追いかける、
そういう組織を高村さんを筆頭に近田さんと和田さんと社員たちで創っています。

アウェーのベトナムで1年半やってきた身には、東京に戻ってサイバーグループという中に身を置くだけでみんなが声をかけてくれたり、組織として同じ方向を向いて数字や改善策を話あったり、讃え合ったり、オペレーションを共有しながら有機的に進めていったりと、あらためてその組織の中での快適さと高品質のグループ全体での精神的にも物質的にもつながりを感じた1ヶ月でした。

一回でて入るとその組織としての特徴や強さの理由がよくわかります。
こういう状態の組織体というのは普通ではないのだということです。

藤田社長を中心にしたいままでの
経営陣の方とそれに呼応した社員がこれを創ったということだと体で理解できたことがよかったです。

そういうものは普通ではないということの体での実感を持ち次に進みます。

今回の自分の役割は、インドネシアでのソーシャルメディア、マーケティングで商売をすることになります。あまり複雑に考えずに、今回は単純かつシビアに商売というものをしっかりしようと思っています。

帰国中にMicroAdChinaの中山氏とも話をする機会があってその中でもあらためて考えが深まったのですが、まずはできるだけオペレーションが簡単で誰でも操作ができて、お客さんも体や五感で実感できて、対価として稼ぐことができる商売の仕方を考えて実践していきたいです。(もちろんサイバー・バズの得意とするサービスで。)

運転資金から、オフィス料、交際費や経費、社員を雇う費用、高い高い笑(相対的に)日本人の給与や福利厚生費、そして営業利益と順番にクリアしていくつもりです。

すべて簡単に、人が入れ替わってもできる、言葉が違ってもできる、人としてわかりあえなくでもできる笑
理想は正反対なのですが、現実をひとつづつ積み上げてその中でおきゃくさんとなる方から満足して対価を支払ってもらえるサービスを行い、その上に人独自の創造性や、個人個人の能力を
サービスにつなげるという順番でやってみようと思います。どういう展開になるでしょうか、楽しみです。

その他、ベトナムでは何人かの現地で起業をして、事業を成長させている経営者と近くで
関ることができましたが、その経営者の人たちの発想や実践方法は、同じ程度の資本力で事業を行う場合の参考になりました。最初の投下資本とその後の追加資本でとる戦略は大きく違いますが、どの場合であれ、やはりどれだけ自分の資本で行うときの状態に近づけるかだと思いました。また何人かの方とは引き続き近くでできそうなのでそれもまた楽しみです。

ジャカルタでのパートナーのSuryanto氏は、このインドネシア財閥社会において相当の努力を積み上げ日本にも留学経験があるこちらの有力者です。そして娘でMicroAd Indonesia社に所属するElisaは25歳にしてGroup全体の相談を受けたり対応してくれたり、僕も自分の娘とこういう関係がもてたらいいなあと思うような仲良しの経営者の親子です。
そして近くにはパートナーシップの先駆けとなったMicroAd Indonesia社をはじめ、SBIさん、SMSさん、HOMESさん、リアルワールドさん、リッチメディアさんなどが切磋琢磨する環境です。

そしてここには、榎原さんがいます。
長くなるので割愛しますが、榎原氏がいるということです。

そのような中、まだまだ個人として未熟ではありますが、僕をこの場所に送る決断をしてくれた高村さんと近田さんとサイバー・バズという会社をまず世界の入り口まで導けるよう、これからサイバー・バズの長船としてあらためて決意をもってがんばります。

家族はまだホーチミンですが、たくましく母子生活をしてくれています。妻と娘、あ、ありがとう!!

では、よろしくお願いします。
(みなさま遠いところではありますが自費で来ていただけると幸いです)



出発前日に時間をいただいて高村さんと。テンションTakamura!!
木訥LIFE in Ho chi minh-takamura san2
ホーチミンで暮らし始めて、今日でちょうどまる1年、、
土曜日の今日は、特にいつもの土曜日とたいして変わらずですが、

朝から嫁さんとSkypeで引越mtgしてから、今住んでいる家の契約の条件交渉して、家の下の韓国人のコーヒーショップで雨やみ待ちで英語の勉強して、Thay Thangとオフィスで毎週1回のベトナム語やって、お気に入りのoprah winfreyのstanford commencement speechで英語を勉強した気になって、最近夕方に雨がよく降るので雨やみ待ちでオフィスから出るに出られず、、ちょっと興味あって見に行こうと思っていた益子さんが紹介していたYOGAのところにはいけず明日の朝にしようかなと、なにかとちまちまとやりながら過ごしております。

また、最近の歯痛が悩ましく、我慢できないのでこちらでの歯医者デビューを果たしましたが結果はどうなることか。

そないに何でも便利でなくても楽しく生活できるもんですな。
どこの何が絶対的によいとか悪いとかいうのはなくて、基本なんでもニュートラルで取り方次第やな。

そういうことで、自分としては場所とか1年経ったとかもあるけど、それよりもこのチームの、自分の挑戦が始まったばかりという感じ方が強いので、歩みを続けていきます。ただ今日の残りこの最初の1年にあったいろんなこと、サポートしてもらった人、会社のみなさんにあらためて感謝する日にします。ありがとうございます。

とここまで書いても、雨がやまんな~

木訥LIFE in Ho chi minh-ame
木訥LIFE in Ho chi minh-ca

今年のお盆、休みをいただき、日本でたくさん用事をしてきましたので備忘録として。
まずは休みをいただき不在にしたベトナムのみんなに感謝。ありがとうございました。

<いくつかの場面>

木訥LIFE in Ho chi minh-ひまわり
木訥LIFE in Ho chi minh-浅原さん
木訥LIFE in Ho chi minh-神戸
木訥LIFE in Ho chi minh-はだかのこども
木訥LIFE in Ho chi minh-誕生日
木訥LIFE in Ho chi minh-プレゼント
木訥LIFE in Ho chi minh-武田さん
木訥LIFE in Ho chi minh-徳島
木訥LIFE in Ho chi minh-徳島夜景
木訥LIFE in Ho chi minh-大文字

<今回会って話をした人>
・妻
・娘
・義父
・義母
・ミョンという焼き肉屋の韓国人のお姉さん
・浅原さん(サイバーの大先輩)
・浅原さんの奥さん(元サイバーの奥さん)
・神戸のレッチェ(イタリア)出身ピザ屋のお兄さんとお姉さん
・我が家のファイナンシャルプランナーの小池さん
・金園さん(サイバーの同期)
・小川さん(サイバーの先輩)
・国見さん(サイバーの同僚)
・カッシーさん(サイバーの同僚)
・わっしー(サイバーの同僚)
・井上さん(サイバーの先輩)
・日好さん(サイバーの同僚)
・安藤(サイバーの同僚)
・松尾(サイバーの同僚)
・武田さん(サイバーの西日本時代の上司であり大学の同窓同期)
・田川さん(大学ラクロスの先輩)
・けいじさん(大学ラクロスの先輩)
・千さん(大学ラクロスの先輩)
・半谷さん(大学ラクロスの先輩)
・テルくん(大学ラクロスの同期)
・金村(大学ラクロスの同期)
・タカハシ(大学ラクロスの同期)
・大東さん(31のオーナー、社会人ラクロスの先輩)
・親父
・母親
・マサル(雑貨などいろいろ扱うショップオーナー、高校の野球部の同期)
・伊藤のおっちゃん(ベトナムで工場もって仏壇をつくっている恩人)
・伊藤のおばちゃん(その奥さん)
・輝子ちゃん(その娘)
・健太さん(着物職人、社会人ラクロスの先輩)

<今回のイベント>
・お墓参り(両家+犬のムー)
・浅原さん夫妻と川遊び
・義母の誕生日会
・娘の誕生日会
・娘の七五三の写真撮影
・ファイナンシャルプランの相談
・引越スケジュール、手続き関連
・自宅の荷物の整理
・CA大阪オフィス訪問
・大東さんと山ちゃんの店"野菜バーる31"訪問
・KGラクロス先輩、同期とのメシ、飲み
・武田さんとメシ、飲み
・徳島帰省
・マサルのショップ"cue!"訪問
・伊藤のおっちゃん"藍青"訪問
・健太さんと京都の右大文字登頂、サウナ、メシ


四季がある日本、そのなかの夏の行事、そしてそこで暮らす人、どれも僕にとって豊かさを感じる。

ちょっと会って話ができた人、話をたくさんできた人、どちらも本当にありがたい。
会いたい人と会い、時間を共有すること以上のことはそう探すことできひんよね。

会いたくて会えなかった人とも、また会うべきタイミングであえるだろうと思う。

娘がなついてくれたのでよかったです。
想像以上に何かと達者でパワフルだったのに驚く。妻に大感謝。

ほなまた、日本。
7月が終了して何となく今の感じていることを書いておこうと。

早いもので、自分がこちらに来させてもらってからもうすぐ11ヶ月、9月で1年になる。
秒速の感がある。

その間、当然のごとく初めて経験する数々のこと、使ったことの無い脳みその発動や、今まで出会った事の無い種類の日本人たちとの出会い、また外国人としての自分との出会い、ありえない失敗の連続とその先に見えた突破口とか、超圧倒的に優秀なGayboyとの仕事上のみでのパートナーシップなど(笑。まだまだたくさんあるが、初めてのことをめちゃくちゃ体験している。

たった1国1年で世界を語ることなどできるわけはないが、それでもやはり今のcharactorや家族を含めた自分だけの環境を持った僕が、死ぬまでにやっておきたいことがけっこう現れてくることが分かったし、そういう意味で1歩踏み出す価値が、もし望むならばまだまだいくらでも溢れているといえる。

このようなdeveloping country でのbusiness developingの仕事をし、しかも最初から約1年もやらせてもらえていることに、この場をかりて日本の自分のbossに対していいきれない感謝と、まだ途中であるので一蹴されることを前提にしたここまでの成果を捧げたい。そしてまだまだ行動して成果で示さないと、今の自分の役割として、21世紀を語る事ができないことは事実だ。



いきなりだが、こちらでできた数少ない親しい友人2人(自分の性格上正直大勢との社交的な付き合いは苦手である)の話をする。1人は65歳くらいの専門商社マン、1人は若干25歳の日本発electric moterbikeの現地の代表。今の僕の日本人の中での親しい友人の2人だ。

ここまで年齢の離れた友人ができたことが、自分のことながら自慢だ。

65歳くらいの専門商社マンは実は延べで15年くらいこちらベトナムにいて、その他20代からのマレーシアに始まり、シンガ、ジャカルタ、北米、南米と各地で生きてきて、なぜかベトナムの本を数冊出版していたり、実はそれがベトナム航空の機内誌で大きく紹介されて売れていたり、圧倒的に歴史に詳しく、僕の嫁さんのお父さんと似て長嶋監督的ななぜか惹かれる適当さ、と意味がわからない。

これまでに圧倒的に成果を出していて、日本人や現地人の要人を頼んでもないのにいろいろ紹介してくれたり、理解不能な方だ。そしてあらためて年齢は上に2周りも違う。

25歳の親友は、僕と同じウサギ年で下に1周り違い、こちらに来て僕が初めて出会った日本人で、初めての出会いはトレーニングのジムだ。彼はもう丸一年こっちでマーケティングをしていて、圧倒的にベトナム人の友達に囲まれて、バイク屋なのでバイクでどこまでも走り回り、今や政府の要人にまでコネクションがつくれるような、これもまた底が見えない、魅力がある方で次世代の産業をつくりにここにきている。

それぞれ3人が気が向いた時に、気がむいた人が軽くさそうようなそんな仲で、強制感がなくて
利害もなくて、そして3人ともそういえば関西の人間だ。せやで。(僕は徳島ですが。。)


その25歳の彼と先日食事をしながら、いろいろ話をした中のひとつで、これは自分の考えなので偏っているのですが、今まで自分はインターネットの世界の最先端が今この世界の産業の中の最先端だと、特にその産業の中で働いている僕は盲目的に思っていたけど、この1年でこの考えの上にに実感として加わったことは、

21世紀の産業のメインストリームは、インターネットやIT「プラス」今までそのような世界とは無縁の産業、特に生きるために必要な何かの産業との掛け合わせや、逆説的だがネットやITを経てネットから離れられる快適な時間や空間をつくることとか。

今、このようなdeveloping countryにいて、日本以上に圧倒的な富裕層がいて日本と同様以上の生活をおくる層が存在する一方で、それ以上の圧倒的な数のまだまだよりよい生活を意識する人が数倍いて共存していくとした時、彼も僕もそんなことをイメージして話をしました。

自分のいる産業を否定するのではなく、どう戦うべきかを考えた時のひとつの検討をしてみる選択肢として、そういう形も頭から拒否らずに意識を持っておく、自分はそういう考えだ。

21世紀はどんな世紀になるのか、自分はどんな世紀にしたいのかは、今この明確なビジョンを持った会社にいるからこそ何度か考える命題だがそこに対して、せっかくなので能動的に、これからも関わっていきたいと思っています。

25歳の友人は、もうすぐスマフォをセットして走る日本発の電動バイクをマーケットに出して、勝負をしかけようとしています。高いらしいけど、もしまだ僕がここでいてそれが発売されたらぜひとも奥さんを説得して買いたいと思っています。ぜひコラボもさせて欲しいと(笑。
楽しみです。
















今社長のブログ「現実を直視する」を直視している。

今日は久々に自分の体の警戒の兆候である足のしびれがでたので、寄り道せずに帰宅したのだが
そんな日にこの社長のブログを読んでいる。

ベトナムに来て約6ヶ月がたっている。

今は自分の人生の中で後にも先にも、圧倒的に他を引き離してここまでドロドロになって
ある意味自分を孤独に追い込んで取り組んでいる記憶はなく、この先にそんな機会はないと知っている。

こちらで生活をし、仕事を組み立てて、成果を出すために動く中で今までとの違いはというと、
思想が違い、慣習が違い、法律が違い、言葉が違い、気候が違い、食べ物が違い、水が違い、
仲間の国籍が違い、物価が違い、いろいろな規模が違い、旅行とは違い、簡単ではない。(笑

同じことは、お互い人間同士であり、向上心があり、経済活動があり、いい生活を望む人があり、
嬉しいことを喜び、気に入らないことに憤り、ネットがあり、情報を探し、友達にシェアもし、ゲームを楽しみ、おいしいものが好きで、かわいい子が好きで、自分に誇りを持っていて、家族を愛する。

特に海外だから、今までと違いが多いから、それだから手数はかかるが、だから
お前(自分)なんなんだと。違いには自分が対応すれば違いではなくなる、シンプルなことだ。

もともと同じこともたくさんあり、サービスのニーズがあり、メンバーの自己実現とも重なり、
すでにそれによって前に進むことができる。

当社にも将来海外で働きたい仲間がいることは、もとより理解している、
社長のブログからもあらためて理解したし、そう遠くない将来ぜひそんな仲間と一緒に、という想いが僕にもある。

自分は今ここでいて、まったく自分の進みたい方向と、当社の今後の進路とが
マッチさせてもらっていることに、ふとした際に所々で感謝をしているが、ただ日常は
そんなところで話は進行せずに、生き残りをかけての戦いが日々繰り返される。
衣食足りて礼節を知るとあり、衣も食も僕はまだぜんぜん、まったく手に入れていないので
感謝をあまりする機会が減ったというのが正直な今である。この点お許しを。

これから引き続き自分が行うことは、
利益貢献をともなう事業部として、そんな仲間を1人でも多く受け入れられる場所を提供するまでやりきることなので、そう頻繁に足がしびれている場合ではないなと。

あとは現在の当社が海外というとき、その定義の99.7%くらいはアメリカ法人のことだと受け止めているが、早く本当の海外拠点として定義の中に入るだけの成果を残すこと。

もとより、ビジョン達成まで自分としては片道切符を持って(自分の中では)こちらにきているので、
また明日からも、当社のビジョン向かっての道を毎日をしっかりと踏みしめて前進していきたいと
思います。

社長、(まだ衣食まったく足りていませんが)ブログありがとうございます。
ホーチミンinベトナムにて受け取らせていただきました。






三河湾チャリティー100km歩け歩け大会に今年も参加!!

昨年は初参加で、無念の時間による足切りで82キロリタイアガーン

私長船、忘れ物を取りに向かったのであります。

photo:01



武田さん、あさん、竹内、長船の「チームCA2010」クローバー

photo:02



出発直前!

photo:04



ゼッケン1377、長船選手。
リベンジやったるでと。

photo:03



お昼もしっかりとって。

photo:05



途中、お祭りを見つつ。


40キロまでは至って順調、しかしここからがホンマの勝負!

40から80キロまでは、4人が交互にリードし合いましたあし

80キロから90キロまでは疲労に加え睡魔との戦い。私長船、歩きながら何度か意識がとんでいました。

しかし、前回との違いは経験からの予測以上に、チーム全員で鼓舞し合ったこと。明確で的確な歩く距離を設定したこと、休息と補給をしっかりとったこと。が大きかった。

そのかいあって、

ついに、

photo:06



ラストのコーナーまで来ましたチョキ

みんなあと少し!


キターーー!

photo:07


photo:08



竹内よくやったー!

photo:09


photo:10



あさんもゴール!

photo:11



武田さん、やっぱり鉄人!
リーダーとは、を学ばせてもらった。

そして私長船も2年越しでやりました虹



100キロなんて、もう歩くことあるだろうか。
途中会社のみんなの応援に支えられ、ボランティアのクライアント社員の皆さんに励まされ、また参加者のみんなの歩きに励まされましたドンッ

とにかく何だろう。

参加できてよかった。

いろんな人に支えられて、舞台を用意してもらって、歩ききれた100㎞だったのだ。








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