皆様、御無沙汰しております。goforwardです。
こっちにはカタイ記事を書こう書こうと思いつつ、日々の忙しさにかまけてしまいました。
ひっそり更新していこうと思いますので、細く長く、よろしくお願いいたします。



今日は、黒板とノートについて最近考えたことを。


最近社会科の先生方の授業を見させていただくのですが、どうも私の板書の仕方はマイノリティのようです。

A先生:その時間に使う板書を黒板一枚使って予め書いてしまう。逆に言えば一枚におさまるように板書計画をしているということ。ところどころ穴埋めになっていて、それを埋めながら授業を展開していく。

B先生:ある一定程度まで黒板を書き、写させてから解説する。これの繰り返し。

goforward:しゃべりながら書く。わざと口頭だけで説明してメモをとらせることもある。



これ、それぞれプラスの側面とマイナスの側面があると思います。

予め板書して、穴埋めしながら説明していくというスタイルの授業、これはすごく生徒は「楽」だと思います。
世界史という教科、基本的に生徒はチンプンカンプン。
なぜなら、空間的広がりと時間的広がりを扱いつつ、共感しづらい外国人を相手にものごとを考えなければいけないから。
そういう意味で、これからこのような流れで進めていきますよ、というアウトラインを示しておくことは必要なのかもしれないと思う。
この授業見てから、自分も生徒に対して提示するシンプルなストーリーということにより留意するようになりました。
細かな知識も時には必要ですし、異なる視点からの見方も大切ですが、なにより生徒がまず一つの見方を獲得するのが先決かな、と。
そういう意味で、昔自分が学習会のときによくやっていた(らしい:というのも実は無自覚だった)「要点は3つ」と切り出してから説明する、というようなこともやってみています。
一つの見方を与えておいて、それを覆すような史料を与えて考えさせる授業をするというのが、将来的な目標。

でも、穴埋め式のこの授業、やっぱり欠点もある。

生徒のようすを見ていると、まずこの「レジュメ」部分と「穴埋め」部分しかノートしていない。
つまり、穴埋めマシーン化しているのです。
もちろんその先生の話はとてもおもしろいし、勉強になるのですが、生徒がどれだけ意識的に学べているのかがあやしい気がします。
知識はもちろん大事ですし、予備校ならそれでいいのでしょうが、ここは高校。
ちょっとまずいかなと思いました。

その意味では、しゃべりながら書いたほうがよいのかなとも思います。
生徒は聞きながら、どこが重要なのか多少は考えてくれる。
口頭で説明して、しつこく何度も繰り返せば、大事なのかなと思ってメモをとる。
でもどこにメモをとるかは、生徒のセンス次第。だって黒板に示してないんだもん。
穴埋めマシーン化してしまうと、うちはまじめな子が多いので、板書と一言一句違わず、位置すらもばっちり同じというようにしてしまう。
それはつまんないかなぁと個人的には思うのです。
ノートを作ると言う作業を通じて、知識のアウトプットをしてもらえないかな、と期待しているのがgoforward流。

ただもちろんこれにも欠点は盛りだくさん。
ある程度国語力の高い生徒じゃなきゃついてこれない。
こなさなければならない知識の量が多い場合は非常に非効率的。
生徒も結果が見えないので、不安に思う。
ノートを取るのに精一杯で、教師の話が耳に入らない。などなど。

両方のいいところをとりながら、上手くバランスをとりながら、生徒に考えるチャンスを与えながら、いい授業が展開できれば、と思っています。



そのためにはまずは発問。
膨大な詰め込み知識があるなかでどうやって発問していくか。
これからの課題です。