日々、忙しいです。

授業の準備、学校の校務(雑用の部類)、クラブ活動、などなど。

これに担任持ったり、実習生が来たりしたら、本当にてんてこ舞いだなぁと思い、先生方を改めて尊敬する毎日です。

学校には基本的には8時までしかいられないし、個人情報を持ち出すわけにもいかないので、最近は仕事を消化しきれずに帰宅することも多いです。


でも、家に帰るとな~んにもする気が起きないんですよね…。

困ったものです。


最近は慣れてきたのか調子に乗ってきたのかペースがつかめてきたのか、授業の準備が空き時間にだいたいできるようになってきてしまいました。

なにせ1年生の必修の世界史も3年生の受験向けの世界史も、どちらもこなさなければならない膨大な内容があるので、なかなか細かい話はできません。

それをいいことに、教科書の内容を説明する、そんな授業が最近は続いています。


決して悪いことだとは思いません。

生徒たちは、基本的に世の中のことを何にも知りません。

そこに「中央集権」やら「政権の委譲」やら、難しい日本語を使っても伝わらない。

だからシンプルなストーリーを提示する、簡単な言葉に噛み砕いて説明する、そんなことにむしろ時間を使っています。

結果多少細かなニュアンスがずれてしまっても、それはいたしかたないことなのかなぁと思っています。


でも、結局は教科書の内容を教えるという枠を抜け出ることはできない。


この枠を最低条件に据えたうえで、そこに何をプラスしていけるか、そういうことを本当は考えなければいけないのですが、日々こなせてしまっているという現状に甘えている、妥協しているような気もしています。

新たな考え、試してみたいことが閃かないというのは、学校という規制があることもありますが、むしろ惰性で自分が生活しているのかなぁとも思ってしまいます。




こんど、とある勉強会で自分の実践と歴史教育観について報告することになりました。

これをきっかけに、また「理想」と「現実」を考えてみたいと思います。



…「郡国制」?