以前にも記事に書きましたが、今平安時代の学習を進めているところです。

みなさんは、「平安時代」というとどのようなことをイメージされるでしょうか。

子どもに聞いてみると、もちろんマニアックな事件を挙げるような子もいるのですが、藤原道長、貴族、寝殿造り、などというのが挙がってきます。

なかには「眉が丸い」「おじゃる丸」といった珍回答もありましたが。

やはりイメージの典型は、道長・頼通親子に代表される、貴族の政治、摂関政治のイメージのようです。


しかし、このふたりが活躍していたのは11世紀の前半。

平安時代がはじまるとされる平安京への遷都は、794年、すなわち8世紀末。

このあいだには200年以上のタイムラグがあるんですね。

このあいだの時代がすっぽり抜けてしまっているのは不思議じゃない?というところから授業は始まります。


まずやらせたのが、それぞれの時代の記述に割かれる教科書のページ数を数える作業。

こんな教科書の使い方アリかしら?と思いつつ、いかに描かれる「歴史」が恣意的なものであるかに気づいて欲しかったのです。

今使っている教科書では、奈良時代に5ページ、平安時代に7ページでした。

奈良時代は84年間、平安時代は400年余りですから、子どもたちからは思わず声が漏れます。

「これって不公平じゃない?平安時代は何もなかったの?」という問いかけが、この単元のはじまりになるわけです。

教科書の7ページというのも、院政や武士の興りを含めてのページ数ですから、いかに選択的に歴史的事実が描かれているのかということがわかります。


子どもたちの感想を見てみると、「戦争や反乱がなかったから記述が少ないのではないか」「平和な時代だった」というようなことが書いてありました。

「戦争や反乱」が歴史的事件として取り上げられやすいということに気づいてくれただけでも、ひとまずOkかな、と思います。

ただ、もちろん「平和な時代」といえるかどうかは「平和」という言葉の解釈にもよりますし、実際東北地方へ大軍を派遣するということは行われているわけですから、この辺をどう描いていくのかということが今後の課題ですね。




これからもちょっとずつ実践について書いていこうと思います。

私の悩みは、日本史は完全に独学(中学までしか日本史はやってないので…汗)なので、自分が描こうとしている歴史像が果たして歴史学的にどこまで正当性があるのかがわからないというところです。

もし何かおかしいんじゃないか、というところがあれば、ぜひ教えてください。

よろしくお願いいたします。