昨日に引き続き世界史の教科書を読んでいて改めて気づいたことを。
今日は私がずーっとこだわっている「国家」という存在について書いてみたいと思います。
13世紀、ユーラシア大陸に超巨大国家が誕生しました。
そう、モンゴル帝国です。
現在の中国やモンゴルを含む東アジアはもちろん、中央アジアから西アジアにかけて、さらには東ヨーロッパの一部にまで進出した、空前の大帝国ですね。
「世界の一体化」ということが「世界史」を語るうえでひとつの指標とされます。
昨日の「近代世界システム論」においても、大航海時代以降の西ヨーロッパが、「世界帝国」ではなく「世界経済」のシステムをもって世界へ拡大していったことが重要なこととして捉えられています。
この13世紀のモンゴル帝国をもって、「世界の一体化」の端緒と捉え、「世界史のはじまり」をここに措定する考えもあるようです。
が、しかし、この空前の大帝国をそのまま捉えることはできません。
もし普通に世界史の授業で地図を見せたとしたら、子どもはおそらく、「こんなに広い地域をまとめて国を作るなんて、すごい!!」というのではないでしょうか。
実際実感が湧かないほどの広大な地域に影響力を及ぼしていたのは事実でしょう。
でも、現在の国民国家のイメージでこのモンゴル帝国を捉えるのは大きな間違いです。
彼らの支配システムについて詳しくは勉強していませんが、少なくとも彼らが遊牧民族であったことは間違いありません。
遊牧を中心とした地域なんですね、彼らがもともと支配していたのは。
「遊牧」ということは、私たちの土地感覚と、彼らの土地感覚がまったく違っていることを意味しています。
少なくとも、ここからここまでは私の土地で、ここでとれたものは私のもの!というような感覚がないということです。
おそらくある意味での「なわばり」のようなものはあったでしょうが、基本的に移動しながらの生活であり、彼らの生活は日本の農耕でイメージされるような土地に縛られた成果とはかけ離れたものであったはずです。
こう捉えてみると、あの13世紀に出現した広大なモンゴル帝国も、現在の領域国家のイメージでその広さを捉え、「すごい」と思うのは、ひょっとしたらどこかに大きな勘違いが含まれているのではないかと思うのですね。
具体的にどこがどう違うとかもっとここはこうだとかいうことは勉強不足なのでいえませんが、地域によって時代によって環境によって、そこで大事にされるもの、決定的な影響力をもつものが違うんだということ、そしてそれを支配するシステムも多様であるはずなのに、それが同じ「国家」という言葉で語られてしまうことの恐さを感じます。
そういった意味で、モンゴル帝国の歴史を学ぶのは、現在の「国家」に縛られる私たちにとっても有益なのではないかと思うのですね。
他にも、こういう事例は世界史のなかにたくさん転がっています。
マラッカ海峡という地の利だけで栄えたマラッカ王国。
政治的に征服はするものの他宗教に対しては寛容だったイスラームの諸王朝。
シュリーヴィジャヤのような海洋王国もあります。
「国家」に限定しなければ、故網野氏が盛んに触れていた「海民」の存在もこれに近いのかもしれません。
「国家」という言葉で言い表される「歴史」にも多様なかたちがあると同時に、その「国家」に束縛されない多様なアクターがいる。
よく現在の国際化の時代の端的な例として多国籍企業やNGO・NPOなどアクターが多様化したことが挙げられますが、何も今に始まったことでもありません。
国民国家という「国家」のイメージを打破しながら、多様な「国家」や「社会」のあり方に思いを馳せることによって、もっと新しいよりよい「社会」を構想する力につながるのではないか、そんなふうに考えています。